杏仁(きょうにん)の詳細はこちら

中国北部原産で、古くから栽培されているバラ科の落葉高木、アンズ(㊥杏Prunusarmeniaca)の種子(仁)で、硬い殻を割って取り出したものを用います。三国時代に呉の名医、董奉は治療費の代わりに杏の木を植えさせ、数年で立派な杏の林ができたという故事から、「杏林」という言葉が医者の異称となりました。日本には奈良時代に薬用として渡来し、かつては唐桃と呼ばれていました。今日では長野県や山梨県で栽培されています。アンズは品種により、種に苦味のある苦杏仁(別名:北杏)と甘味のある甜杏仁(別名:南杏)とがあります。

外形は区別できないが生薬としては苦杏仁を用い、甜杏仁はおもに菓子などの食用にします。

杏仁豆腐の杏仁は甜杏仁で、アンニンとは上海地方の発音である今日、生薬の杏仁はほとんどが中国などからの輸入品です。杏仁はアーモンドのような形をし、桃仁とよく似ていますが杏仁の底は偏平です。杏仁には青酸配糖体のアミグダリン加水分解酵素のエムルシンパンガミン酸などが含まれます。アミグダリンは杏仁中の酵素エムルシンにより加水分解されて青酸とベンズアルデヒドブドウ糖となり、このため多量に服用すると青酸による中毒が現れます。杏仁を原料とするキョウニン水は、もともと西洋の鎮咳、去痰薬である苦扁桃水の代用として作られたものです。日本薬局方には「キョウニン」「キョウニン水」を鎮咳、去痰薬として収載しています。現在では化学的にベンズアルデヒドとシアン酸を混合し、これを合成キョウニン水と称しています。

杏仁を圧搾してとったキョウニン油は軟膏基剤や化粧品の基剤としても用いられています。また、キョウニンエキスに男性の体臭成分、アンドロステノンの生成を抑制する効果があることが発見され、男性用制汗デオドラントに配フン合されています。漢方では止咳・平喘・通便の効能があり、咳嗽、喘息、喉痺、便秘などに用います。とくに乾咳や粘稠痰のみられるときに適しており、肺を潤して去痰する喘息には麻黄と配合することが多く、「麻黄は宣肺し、杏仁は降気する」とか「杏仁は麻黄を助ける」といわれています。また杏仁は肺気を開くことで胸中の痰飲や浮腫を去る作用があるという説もあり、『薬制には「胸間の停水を主治し、ゆえに喘咳を治すしかして旁ら短気・結胸・心痛・形体浮腫を治す」と記されている。そのほか腸を潤して排便を容易にする作用もあります。

鎮咳・去痰作用

咳嗽、喀痰、喘息に用います。感冒時に悪寒、咳嗽、喀痰など風寒の症状のみられる者には麻黄、蘇葉などと配合し(麻黄湯・杏蘇散)、熱感、咳嗽、咽痛など風熱の症状のみられる者には桑葉などと配合します(桑杏湯)。気管支炎などで咳嗽、黄痰のみられる者には麻黄、石膏などと配合します(麻杏甘石湯)、気管支喘息で比較的痰の少ない者には麻黄・蘇葉などと配合します(神秘湯)。

通便作用

便秘に用いる老人などにしばしばみられる便が乾燥して秘結する習慣性の便秘に麻子仁・桃仁などと配合します(麻子仁丸、潤腸湯)。

処方用名

杏仁・苦杏仁・苦杏・光杏仁・光杏・杏仁泥・北杏仁・北杏・キョウニン

基原

バラ科RosaceaeのホンアンズPrunusarmeniacaL.、アンズ

P.armeniacaL.var.ansuMaxim.などの種子。

苦味のあるものを苦杏仁、苦味がなく甘味のあるものを甜杏仁と称しますが、植物形態的な違いはありません。

性味

苦・辛・温・小毒

帰経

肺・大腸

効能と応用

止咳平喘

方剤例

①杏蘇散・三拗湯・桂枝加厚朴杏仁湯

外感や痰濁など実邪による咳嗽・呼吸困難(喘)に使用します。

風寒による喘咳・多痰には、麻黄・蘇葉・半夏・細辛などと用います。

②麻杏甘石湯・五虎湯

肺熱の喘咳には、石膏・桑白皮・黄芩などと用います。

③桑杏湯

肺燥の喘咳には、沙参、麦門冬などと用います。

潤腸通便

方剤例

五仁丸・麻子仁丸・潤腸湯

老人や産後の血虚による腸燥便秘に、麻子仁・桃仁・栝楼仁などと用います。

その他

方剤例

三仁湯・杏仁滑石湯

杏仁は肺気を宣通し水道を通調するので、湿温や痰濁などに使用されます。

臨床使用の要点

杏仁は苦辛・温で、肺経気分に入り、苦降・辛散により下気、止咳平喘します。

とともに肺経の風寒痰湿を疏散するので、外邪の侵襲や痰濁内阻による肺気阻塞で咳喘、痰多を呈するときに適します。熱には清熱薬を、寒には温化薬を、表邪には解表薬を、燥には潤燥薬を、それぞれ加えることにより、邪実に対処することができます。また、質潤で油質を含み、滑腸通便の効能をもつので、腸燥便秘にも有効です。

参考

苦杏仁は苦降辛散で毒性があり、邪実に適するのに対し、甜杏仁は甘平で潤肺し無毒であり、虚労咳嗽に適します。

用量

3~9g、煎服。

使用上の注意

①有毒(シアンを含有する)であるから、多量に用いてはならない。すりつぶして泥状にした杏仁泥がもっとも有効です。

②陰虚咳嗽や泥状~水様便には用いません。

関連記事