院内感染の原因になる薬剤耐性菌「MRSA」とは
黄色ブドウ球菌は、ヒトや動物の皮膚、鼻腔、咽頭や気管にも存在しており、健康な人には通常無害な菌ですが、高齢者など抵抗力の弱い人が感染すると、肺炎、敗血症、感染性心内膜炎、骨髄炎、腹膜炎、髄膜炎といった重症感染症の原因となります。
黄色ブドウ球菌に用いられる抗菌薬に対する耐性を獲得した菌のことをMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)といい、院内感染の主要な原因のひとつとして知られています。ここではMRSAについて詳しく見ていきましょう。
院内感染の原因になる耐性菌
通常、感染症を発症しても抗菌薬を使うことができれば菌は死に、感染症に伴う症状も回復します。
耐性菌とは、多くの抗菌薬(抗生物質)に耐性を獲得した菌のことです。
菌があるひとつの抗菌薬に耐性を獲得してしまい治療に使えなくなったとしても、抗菌薬は他にも多くの種類がありますので他の抗菌薬を使って治療することが可能です。しかし、多剤の耐性菌に感染した場合には治療が難渋します。
院内感染の原因となる耐性菌としては、腸内細菌科に属する大腸菌や肺炎桿菌、エンテロバクターなどの菌、ブドウ糖非発酵菌と呼ばれるグループに属する緑膿菌やアシネトバクターなどの菌、さらに黄色ブドウ球菌や腸球菌などが代表的です。
一般的に、耐性菌は感染した人に直接触る、あるいは環境にいた菌に触れて感染する「接触感染」で感染が拡大します。
耐性菌に感染した人と医療スタッフが接触して、手に菌が付着した状態であれば、他の患者さんに菌を伝播させる可能性は否定できませんし、菌が病室などの環境中に広がった場合、それを同じ病室の他の患者さんが触って菌に感染する可能性もあります。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が出現した経緯
黄色ブドウ球菌は、ヒトの皮膚や鼻の中などに常在している細菌です。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が出現した過去の経緯としては、1920年代にペニシリンが発見された以降から数々の抗生物質が開発されるなかで、メチシリンが1960年代に使用が開始されました。
1940年代に量産化に成功した抗菌薬のペニシリンG(天然ペニシリン)は黄色ブドウ球菌によく効いていましたが、黄色ブドウ球菌がペニシリナーゼを産生するようになりペニシリンGが効かなくなっていきました。
その当時、抗菌薬が普及し使用量が増えたという背景もあって、次に開発された抗菌薬がメチシリンで1960年ごろから欧米で使用されるようになりましたが、間もなく効果が乏しくなってメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が出現しました。
当初はメチシリンが有効に働いていましたが、徐々にメチシリンに耐性を持ったMRSAによる肺炎や敗血症などを含む感染症が、1985年頃から大病院を中心として流行し始めました。
メチシリンという抗生物質が効かないブドウ球菌による感染症が、MRSA感染症と呼ばれ、その当時、日本においてMRSA感染症に対する有効な治療薬がなかったため、過剰に危険視する風潮が生まれました。
MRSAは院内感染の原因菌として1970年代から問題となっていましたが、現在は市中にも広がっています。
MRSA感染症の症状の特徴
皮膚の傷に伴って、毛包炎や蜂窩織炎を引き起こす、あるいは手術後の傷跡の二次感染を合併するなど、MRSAによる皮膚軟部組織の感染症を起こすと、患部の赤み、腫れ、痛みなどの炎症症状が認められ、重症化すると、発熱、頻脈、低血圧など全身症状を伴います。
MRSAが感染症を引き起こす程度は、通常の黄色ブドウ球菌と同等と言われています。
ところが、高齢者や糖尿病罹患者、免疫抑制剤やステロイド薬で治療している場合など抵抗力や体力が健常者よりも低下している人が感染してMRSA感染症を起こすと、一般的な抗菌薬が効かないため、治療が進まずに重症化するケースも見受けられます。
病院内では、MRSAによって人工呼吸器を介した呼吸器感染症、心臓手術や人工関節置換術などによる手術後感染症、血管内に留置されたカテーテルによる菌血症、心内膜炎、骨髄炎、髄膜炎などを引き起こすことが知られています。
MRSA感染症にかかりやすい人
MRSA感染症は、メチシリンなどのペニシリン剤やβ-ラクタム剤、アミノ配糖体剤、マクロライド剤などの多くの種類の薬に耐性を示すMRSAの感染によって引き起こされます。
黄色ブドウ球菌は普段から我々の身の回りに存在していて、仮にMRSAが体内に入ったとしても、ほとんどの人は何の症状も示さず、菌もやがて体内からいなくなるケースもあります。
ただし、入院中の重症患者例などにおいては集中治療を行う上で血管カテーテルや尿道カテーテルなどが挿入されている、あるいは人工呼吸器で管理されているなど容易に感染を引き起こしやすい要因を持っています。
高齢者や糖尿病を基礎疾患として有している場合など、生体の抵抗力や免疫力が低下した状態では、菌を簡単には排除できず細菌数が増えやすい状態であり、MRSA感染症を含めてさまざまな感染症を起こしてしまう可能性が高くなります。
MRSA感染症の治療
黄色ブドウ球菌は、全身の血流を介して各臓器に播種する傾向があり、MRSA感染症は治療が難しく気の抜けない、死亡率の高い感染症のひとつであると認識されています。
MRSA感染症に罹患したとしても、全ての人が治療の対象となるわけではなく、MRSAが本当にその人の体の中で悪さを働いて生体に悪影響を及ぼしているかどうかを見極めることが重要です。
MRSAの病原性は通常の黄色ブドウ球菌と比較して特に強いわけではなく、通常の感染防御能力を有する人に対しては一般的に無害であり、除菌のための抗菌薬投与は基本的には必要ないと考えられています。
MRSAが皮膚や鼻腔からみつかっても症状がみられない場合には、積極的な抗菌剤の投与は行いませんが、大規模な手術の前や担当医師が「除菌が必要である」と判断した場合は鼻腔内へ塗る軟膏、あるいはうがい薬が処方されることもあります。
肺炎や敗血症など重症な感染を起こしていれば使用可能な抗菌薬を投与して積極的に治療を行う必要がある一方で、患者さん本人が何の有意症状も自覚することなく、ただ単に便検体や鼻腔などから菌が分離されたというだけであれば、治療対象になることは通常ありません。
抗MRSA薬の適応
抗MRSA薬は、幅広く感染症に適応しており、現在認可されている抗MRSA薬は、グリコペプチド系薬(バンコマイシン、テイコプラニン)、アミノ配糖体系薬(アルベカシン)、オキサゾリジノン系薬(リネゾリド)、環状リポペプチド系薬(ダプトマイシン)の5つです。
実際の薬剤使用方法としては、アルベカシンは敗血症と肺炎に限られていて、ダプトマイシンには、肺炎への適応はありません。
それぞれの感染症のタイプに準じて、第一に優先的に選択される薬剤、あるいは第一選択薬が患者さんの状態や背景などによって使用できない場合や、第一選択薬が効かない場合に推奨される第二選択薬に関するガイドラインが提示されています。
まとめ
これまで、院内感染の原因になる薬剤耐性菌「MRSA」の特徴などを中心に解説してきました。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症(MRSA感染症)とは、メチシリンなどのペニシリン剤をはじめとして、β-ラクタム剤、アミノ配糖体剤、マクロライド剤などの多くの薬剤に対し多剤耐性を示す黄色ブドウ球菌による感染症です。
一般的な黄色ブドウ球菌の感染経路は接触感染や飛沫感染であると言われていて、健康な人の常在菌で皮膚や鼻腔内にもこの細菌は存在し、傷口が化膿する原因のひとつになることがあります。
メチシリン耐性を示す黄色ブドウ球菌は、細菌感染症に対する抵抗力が低下した入院患者さんや手術後の患者さんの間で感染する危険性が高くなると考えられていて、現在でも院内感染症の最も主要な原因菌のひとつと考えられています。
今回の記事が少しでも参考になれば幸いです。