顔面神経麻痺とは?ベル麻痺・ハント症候群の症状
顔面神経麻痺という症状があります。顔面神経はその名の通り、顔面のさまざまな作用を司る脳神経で、その機能が低下することによってさまざまな症状が出ます。
顔面神経麻痺の症状を詳しく見ることで障害の原因や部位を推定することができます。ここでは顔面神経の概要と顔面神経麻痺について紹介します。
顔面神経の概要
顔面神経は脳神経の一種です。脳神経というのは、脳から直接出ている神経の総称で、13種類の脳神経があります。1つ目が匂いを司る嗅神経、2つ目が眼球へと繋がる視神経で、左右一つずつ、13対が脳の各部位から出ています。
顔面神経が出ているのは橋(きょう)と呼ばれる脳の部位です。これは脳幹といって、大脳の下にある、脊髄と繋がる部分になります。大脳よりも小さく、目立たない場所ではありますが、生命維持に必要な機能を司る非常に重要な部分です。
顔面神経はこの橋に細胞の核があり、そこから細胞の一部分がずーっと伸びることで神経線維を形成しています。橋にあるたくさんの細胞核からたくさんの神経線維が集まって伸びて、頭蓋骨の中を走行し、さまざまに分岐しながら顔面の各所へといたるのです。
脳神経は左右一対ずつ存在すると説明しましたが、顔面神経も右と左に分かれて橋から出てきます。そして、右から出た神経が右側の顔面を、左から出た神経が左側の顔面を担当します。
顔面神経の機能
顔面神経は単純に顔面を動かすだけではなくさまざまな作用を担っています。
まずは運動神経の成分です。これは、顔面のさまざまな筋肉を動かす神経です。ほとんどの運動神経は顔面の表情筋を動かすために働きます。一部、アブミ骨筋といって、耳の鼓膜についている骨に付着している筋肉の動きもコントロールする神経もあります。この神経の作用によって、聴覚を微調整しています。
顔面神経の2つ目の成分は、感覚神経の成分です。感覚神経の中でも特徴的なのは、舌の前3分の2の領域の味覚を司るということです。舌の味覚は全てが一つの神経で感じているのではなく、右の顔面神経が右の前3分の2、左の顔面神経が左の前3分の2、そして奥側の3分の一はそれぞれ左右の舌咽神経という神経が感覚を伝えています。そのため、味覚障害がある場合は舌のどの部分の味覚が傷害されているかによって傷害されている神経を同定することができるのです。
顔面神経の司る感覚としては、他に外耳道や鼓膜の一部、耳の後ろあたりの触った感覚があります。
顔面神経の3つ目の成分は、副交感神経です。この神経は、涙腺や鼻腺、顎下腺、耳下腺へと繋がっています。涙腺や鼻腺へ情報が伝わると涙や鼻水が分泌されます。顎下腺や耳下腺へと情報が伝わると唾液が分泌されます。
このように、顔面神経はさまざまな作用を有しています。ですので、顔面神経が傷害されるとこれらの機能の一部や全てが障害されてしまうのです。
そして特徴的なのは、顔面神経は頭蓋骨の中を走行し、それぞれの場所でそれぞれの神経を分岐しながら走行しているということです。ですので、顔面神経が司るさまざまな症状を1つ1つ確認して、どの症状が障害されているのかを丁寧に診ていくことで、長い神経の走行の中のどこで障害が起こっているのかを推定することができるのです。
顔面神経麻痺とは
顔面神経麻痺というのは、何らかの原因で顔面神経の活動が傷害されている状態を言います。一応定義としては、感覚障害や交感神経の障害によっておこってくる障害も含めて顔面神経麻痺とされることもありますが、ほとんどの場合は顔面の表情筋が麻痺して動かなくなることを顔面神経麻痺と言います。
ところで、筋肉を動かす運動神経は、左右で完全に別の脳が運動を指示しています。左手や左足を動かすのは右脳で、右手や右足を動かすのは左脳です。
顔面も、同じように左の顔面を動かすのは右脳、右の顔面が動かすのは左脳の働きです。しかし、額に関しては完全に左右分業しているのではなく、左右両方の脳が額の筋肉を動かす指令を出しているのです。
そのため、神経障害が起こっている部位によって額の筋肉の収縮に差が出ることになります。
脳の運動の指令を出している部分や、その近くのあたりで何らかの障害が起こって、額を動かすように指令を出せなくなってしまった場合でも、反対側の脳からの指令は通常どおり出ます。そのため、額の動きには左右差は出ません。
しかし、命令を伝える末梢神経が障害を受けると、左右両方の脳からの指令がどちらも神経の部分で遮断されてしまいますから、額を動かすという命令は伝わりません。そのため、傷害された神経の側のみ額の動きができなくなってしまうのです。
額の動きの他には、口角が下がる、ほうれい線に左右差ができるなどの症状が特徴としてみられてきます。これらの症状は、基本的には片側の脳が片側の筋肉に対して指示を出しますから、障害部位によって症状が変わってくることはありません。
このように、顔面神経の障害にはさまざまな原因がありますが、症状から大きく中枢性の顔面神経障害と末梢性の顔面神経障害に分類されます。
末梢性顔面神経麻痺
末梢性顔面神経麻痺は、末梢神経に障害が起こることで顔面の筋肉が動かなくなる状態です。神経自体が傷害されますので、さまざまな原因が起こりえます。
多いのは、ベル麻痺とハント症候群です。これらは後述しましょう。
他には、耳下腺や小脳付近の腫瘍です。腫瘍が増大して神経を圧迫することで神経の機能が低下し、症状が出現します。
他には外傷や炎症が原因となります。特に外傷は、頭蓋骨骨折に伴っておこります。顔面神経は脳から出た後頭蓋骨の中の小さい穴を通って頭蓋骨から外に出てきます。そのため、骨折に伴って小さい穴の構造が壊れることで、顔面神経が障害を受けてしまうのです。
また、顔面神経は頭蓋骨から出た後、耳の前、耳下腺の付近を走行して顔面の各筋肉に至ります。そのため、耳の前に深い傷を負ったときにも顔面神経麻痺を起こすことがあります。
また、全身の末梢神経に障害が起こるギランバレー症候群、ライム病、サルコイドーシスなどでは、顔面神経も障害の対象となり、両側の顔面神経に麻痺が起こってくることもあります。
中枢性顔面麻痺
中枢性顔面神経麻痺は、脳の中において、顔面を動かす指令を出す部分や、指令が伝わる部分に何らかの障害が起こることで起こってくる顔面神経麻痺です。
最も多いのが脳梗塞によるものです。脳梗塞が起こると、突然口角が下がってよだれが止まらなくなるような症状がみられます。ろれつが回らない、片側の麻痺が起こると言った症状とともに、典型的な運動神経の障害が起こり、その一環として顔面神経の麻痺が起こってきます。
他には脳出血も脳梗塞と同じように命令の伝達を阻害する因子になります。また、多発性硬化症や脳腫瘍といった病気も部位によっては顔面を動かす伝達の阻害によって顔面神経麻痺の症状を出現させます。
頻度の高い末梢性顔面神経麻痺
ベル麻痺とハント症候群は末梢性顔面神経麻痺の中でも頻度が高くなります。それぞれどのようなものなのか解説しましょう。
ベル麻痺の症状
ベル麻痺というのは、特発性顔面神経麻痺のことです。特発性というのは、他に原因がはっきりしない、という意味です。だいたい20歳代と50歳代の2つの年代に好発する病気です。ストレスも関与していると言われています。
そのため、ベル麻痺と診断するためにはさまざまな検査によって他の顔面神経麻痺の原因がないかを検索してからでなければなりません。
先ずは中枢性の顔面神経麻痺なのか末梢性の顔面神経麻痺なのかを鑑別します。そして、末梢性と考えられる場合に、外傷やさまざまな感染症などの可能性を丁寧に鑑別し、それらに当てはまらないときにベル麻痺と診断します。
ベル麻痺は急性の末梢神経障害です。治療をする場合、末梢神経の回復を促すためにビタミンB製剤を使用します。しかし、中等症以上の場合は副腎皮質ステロイド薬を使用したり、後述のハント症候群の可能性も考慮して抗へルペスウイルス薬の投与をしたりします。
症状は次第に軽快していくことも多いですが、完治しないこともあります。
ハント症候群の症状
ハント症候群というのは、ラムゼイハント症候群とも呼ばれる末梢性顔面神経麻痺です。その正体は、帯状疱疹に伴う神経障害です。
帯状疱疹というのは、水痘帯状疱疹ウイルスによる感染症です。このウイルスは小児期に一度感染し、みずぼうそうを引き起こします。水疱瘡は数日で軽快しますが、ウイルス自体は完全に体からは排除されず、体内の神経細胞の中に潜んでいます。
そして、体の免疫力が低下したときに急に増殖を始め、神経細胞の中から神経線維に沿って増殖をしていきます。その増殖に従って、神経の機能障害を引き起こし、神経に沿った痛みを発症します。また、神経に沿って帯状に皮疹をきたします。
このように、顔面神経の根元にいた水痘帯状疱疹ウイルスが増殖するに従って末梢神経が障害され、顔面神経の麻痺が起こるのがハント症候群です。ハント症候群の皮疹は耳介や外耳道(耳の穴の中)に皮疹ができるのが特徴で、診断は容易です。
しかし実は、このハント症候群の中には皮疹を伴わないものもあり、この場合皮疹がなく末梢神経障害の症状のみが出てきますからベル麻痺と診断されてしまう場合もあるのです。そのため、中等症以上のベル麻痺の場合はハント症候群の皮疹がないものも疑って抗ウイルス薬による治療も行われるのです。
ハント症候群の場合は、抗ウイルス薬の治療を行う他はベル麻痺と同じ治療になります。すなわち、神経の回復を助ける治療となります。こちらもやはりベル麻痺と同様に、完全に回復しないことも多く、悩ましい病気と言えます。