胃がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の入院期間と合併症

お悩み

胃がんに対して根治的に対応できる治療は、がん病変部を確実に切除して完全に悪性腫瘍を取りきってしまうことです。

内視鏡技術があまり進歩していなかった頃は、外科手術によって病変部を切除するしか方法がない時期もありましたが、昨今では内視鏡治療が広く普及して適応があれば積極的に内視鏡を用いて病巣切除を行う方向性になってきています。

ここでは胃がんに対する内視鏡手術を取り上げ、入院期間や合併症について解説します。

胃がんに対する内視鏡手術のメリット

内視鏡的にがん病巣を切除する際には、腹部を大きく切開する必要がないために身体にメスを入れずに治療が実施できて治療後の回復も早いことが大きな利点です。

胃がんに対する内視鏡手術を行う場合には、口や鼻から切除器具が備わった内視鏡を挿入して実施するので体表に傷もつかずに痛みも少なく、治療したことを周囲に気付かれないほど低侵襲であると考えられています。

入院期間としては経過が良好であればおおむね7日間程度で済み、短期の入院で完結することが多いので入院費用など経済的な負担も少なくなります。

胃がんに対する内視鏡的治療とは

内視鏡は、先端部分に半導体の小型カメラを備えつけた状態で電子スコープ機器を口や鼻から食道を通って胃の内部に挿入して、胃粘膜の状態を直接的に評価し、同時に特殊な治療器具を使用してがん組織を狙って切除することが可能です。

胃がんに対する内視鏡的治療には内視鏡的粘膜切除術(EMR)と内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)があります。

内視鏡的粘膜切除術(EMR)

内視鏡治療の中でも、特に内視鏡的粘膜切除術(EMR)と呼ばれる方法では、基本的に生理食塩水を病変部の深部にあたる粘膜下層部に注入してがん病巣をまずは浮かび上がらせた状態にしておきます。

その後に、内視鏡の先端部からスネアという輪っか状の構造になっているワイヤーで浮遊部を締め上げて高周波電流によって患部を切除します。

EMRでは、スネアなど医療機器のサイズが限定されており、1回ごとに切除できる領域がどうしても限られるために小さいがん病変の場合には容易に対応できますが、病巣部が大きくなれば何回かに分割して患部を順番に切除していくことになります。

このように、病変部を何度も分割して切除するという方法によってがん病巣が再発するリスクを高めているという指摘があり、EMRの弱点を補うべく登場したのが次に説明する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)です。

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)

内視鏡的粘膜下層剥離術は、通常粘膜内にとどまる胃がんなどに対して実施されることが多く、胃壁の病変部直下に位置する粘膜下層と呼ばれる場所に生理食塩水、あるいはヒアルロン酸を注射針で注入して患部を隆起させるようにしていきます。

このように病変部を浮かび上がらせた状態を保って、次に高周波電流が通電している電気メスを利用して病変周囲部を浅く切開しながら剥離していき、最終的に病変部より外周に該当する粘膜部位を病変部と共にはがして切除する方法となります。

処置の際中に、粘膜裂傷部から出血が認められることもあり、そのような際には特殊医療器具で電気的に止血効果を得たのちに粘膜剥離して切除処置を継続していきます。

そして、病変部を含めて切除した検体を病理検査に提出して、顕微鏡によって胃がんの確定診断、粘膜部からの深達度、がん病巣部が確実に切除できたか否か、周囲の血管やリンパ管におけるがん細胞浸潤の有無などをあわせて確認することができます。

ESDの処置自体は、基本的には入院したうえで内視鏡室において消化器内科医などを中心に複数スタッフのチームで対応します。

治療中には鎮痛剤と鎮静剤を上手に活用することで患者さん自身の痛みができるだけ少ない状態を維持しつつ、血圧や脈拍、呼吸状態など常に身体のバイタルサインをモニターで確認しながら安全性を担保したうえで処置が進んでいくことになります。

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の適応

胃がんに対する内視鏡を用いた低侵襲治療は、原則としてがん病変部のサイズが2cm以下という小さな粘膜内組織にとどまっているがん状態に限ってしか治療することができない背景がありました。

従来では、基本的に内視鏡治療の適応外にあたるがん病変に対しては外科的に腹部を切開して実施する手術加療という判断が主流でした。

したがって、がん病変部の周囲に存在する脈管やリンパ節への転移、もしくは遠隔臓器への播種を認めない早期胃がんであってもサイズが2cm以上であれば内視鏡治療を選択することはほとんどありませんでした。

内視鏡的粘膜下層剥離術が開発され、治療成績や治療技術も以前と比して向上してきました。現在ではがん病変部の大きさが2cmを超過する状態、あるいは潰瘍病変を合併する早期胃がんに対しても前向きにESDによってがん病巣部を確実に切除できるようになり、治療対象の適応が広がってきました。

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の合併症

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)はある程度安定した治療成績を得られるようになってきましたが、その一方で内視鏡治療によって偶発的に起こる合併症を無視するわけにはいきません。

これから紹介する合併症については、内視鏡による治療を受ければ必ず引き起こされるというものではなく、発症率は少ないながらも処置や治療を受ける際に十分に注意を払っておくべき内容という意味合いで認識しておきましょう。

例えば、内視鏡を用いて行う切除治療においては、処置中に患部や病変部以外の粘膜組織などが出血を呈する、あるいは胃に穴が開いて消化管穿孔を起こす、もしくは処置中に使用する薬物によってアレルギー反応を認めるなどが考えられます。

出血に関連する合併症については、がん病変部を含めて切除した粘膜部位は瘢痕化組織になることが知られており、内視鏡の治療中や処置後約1週間前後は消化管から出血が引き起こされることが予想されます。

万が一、患部などから出血を呈した際には、再度内視鏡を用いて出血部位を止血する処置を追加で実施することもあります。

また、消化管穿孔に関する合併症は、治療の途中や治療してから数日経過してから、約数%の確率で胃粘膜に穴が開くケースが散見され、そのようなときには再度内視鏡にて穿孔部を縫縮することで対応策を講じることが多いです。

仮に、穿孔部を内視鏡的に縫い合わせることで治療対応できない場合、あるいは穿孔部が大きく腹膜炎という重篤な状態に悪化した際には外科的手術を必要とする場合も考えられます。

薬物アレルギーに関しては、処置前にアレルギー既往など事前に問診を受けた状態であっても、治療を実施する際に鎮静剤や咽頭部に噴霧する麻酔薬などを使用したあと、時に呼吸困難、蕁麻疹などの症状を呈することがあります。アレルギー反応に伴う症状に応じて、迅速に対応することが重要です。

きわめて稀に内視鏡治療に伴ってショック状態に陥って死亡する重篤な偶発症もありますので、医療機関においては十分に万全の体制で注意しながら安全に治療を完遂できるように努めています。

入院が必要な理由と入院期間の目安

胃がんの手術は入院が必要になります。入院期間は手術の方法によって異なります。胃がんの手術で入院が必要な理由と、入院期間の目安を見てみましょう。

胃がん手術で入院が必要な理由

胃がんに対して手術を行う際に、術中や術後における合併症などの有無を見極めて、安全に対処するためにも、基本的には入院することが必要です。

胃がん手術の合併症のひとつとして、縫合不全が挙げられます。

縫合不全とは、胃がん病変を切除したのち、消化管どうしの吻合部がうまくつかず、腸液などが消化管の外に漏れてしまうことであり、発生頻度は約1%です。

多くの場合には、縫合不全が発症した際に、絶食していると3~4週間で自然に治癒しますが、重症化して生命にかかわることもあり得ます。

また、胃がん術後には、膵臓から分泌される膵液が消化管の外に漏れてしまう膵液瘻を引き起こす場合もあります。

胃に加えて、膵臓を切除した場合や、胃周囲の所属リンパ節の切除に際して膵臓を傷つけたりした場合に膵液漏は起こり得ます。

原則的に、自然に膵液漏が治癒するのを待ちますが、治癒するまでに数週間から数か月程度かかることもあります。

最近では必要な検査の多くを、術前に外来で済ませてから入院することが多くなったこともあり、入院期間は全体的に短縮される傾向が見受けられます。

胃がん手術における入院期間は、具体的にどんな治療(手術)をするのか、患者さん一人ひとりの身体の状態や治療経過などケースバイケースですので、一概には断定できませんが、一般的には10日~3週間がひとつの目安でしょう。これから見ていくように、手術の種類によっても異なります。

開腹手術の入院期間

開腹手術とは、実際に腹部を開腹して行う手術方法のことであり、従来から胃がんの標準手術とされています。

創部は、みぞおちからへそまで約20cmの長さになり、胃からやや遠い所属リンパ節も切除する可能性もあります。

胃切除術にも、切除する部位によって、幽門側胃切除術、噴門側胃切除術などが術式として考えられますし、胃がんの部位によっては胃を全て切除する胃全摘術を実施することもあります。

多くの医療機関では、手術方法ごとにクリニカルパスという治療日程表を作成しており、患者さんの入院当日から手術日を経て退院日に至るまでの診療経過や治療予定を細かく決めています。

それぞれのケースにおける術後の経過によって違いますが、通常であれば開腹術後数週間前後で退院になることが多いです。

例えば、幽門側胃切除のクリニカルパスでは、手術した日から3日目に歩行可能、5日目に食事を開始、14日目に退院となりますし、胃全摘手術を施行した場合であれば手術後17日目に退院というイメージになります。

腹腔鏡下手術の入院期間

腹腔鏡手術は比較的新しい手術法であり、腹部の数か所にそれぞれ2cmほどの切開をおき、カメラのついたスコープを挿入してテレビモニターの画面に腹腔内の映像を映しながら、数本の長い鉗子を挿入して手術を行う方法です。

胃がんに対して、腹腔鏡下手術を実施する場合には、多くは術翌日から飲水、術後2日目から流動食、術後3~4日目から3分粥、術後5~7日目から5分粥・点滴終了となり、入院期間は、7~10日程度と予想されます。

内視鏡的治療の入院期間

近年、胃がんの早期発見の必要性について多くの国民の方々の認識が高まったことにより健康診断や病院で胃の検査を受ける方が増えて、早期といえる段階での胃がんが見つかる場合が多くなっています。

早期の胃がんであれば、内視鏡的切除により取り切れれば根治的治療が可能であり、現在主流となっているのが、先ほども取り上げた内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)です。

実際に、内視鏡的粘膜下層剥離術自体の処置に要する時間は、およそ1時間から数時間程度ですが、これは対象となる病変の大きさや部位によって若干異なります。

内視鏡治療術後は、胃の内腔に内視鏡的に切除した人工的な創部ができるため、手術翌日まで食事を止めて点滴を行い、潰瘍改善薬をしっかり内服しながら安静に過ごして、通常であれば術後翌々日から粥食が開始となり、入院期間は約8日程度と考えられます。

まとめ

胃がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の適応や合併症について解説してきました。

近年では、胃がんに対する認識が高まったことで健診受診などを通じて比較的小さく早期段階で胃がんが発見されることが往々にして認められます。

胃がんにおける内視鏡治療は従来の外科手術と比較して身体への負担が少なく、入院期間も短縮できるなど利点が多く挙げられる治療方法です。実際に胃がん治療が必要になった際には内視鏡を用いた治療処置ができるかどうか担当医とよく相談しましょう。

今回の情報が少しでも参考になれば幸いです。

甲斐沼孟

産業医 甲斐沼孟医師。大阪市立大学(現:大阪公立大学)医学部を卒業後、大阪急性期総合医療センター、大阪労災病院、国立病院機構大阪医療センター、大阪大学医学部付属病院、国家公務員共済組合連合会大手前病院を経て、令和5年4月よりTOTO関西支社健康管理室室長。消化器外科や心臓血管外科領域、地域における救急診療に関する幅広い修練経験を持ち、学会発表や論文執筆など学術活動にも積極的に取り組む。 日本外科学会専門医、日本病院総合診療医学会認定医・指導医、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医、大阪府知事認定難病指定医、大阪府医師会指定学校医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本職業・災害医学会認定労災補償指導医ほか。 「さまざまな病気や健康課題に関する悩みに対して、これまで培ってきた豊富な経験と専門知識を活かして貢献できれば幸いです」

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