胃がん手術後の後遺症と胃切除後症候群

お悩み

胃がんも他のがんと同様に、高齢化によって近年患者数が増えているがんです。

ここでは胃がんを取り上げ、症状や手術後に起きる後遺症、緩和ケアについて解説していきます。

胃がんとは

胃がんは胃の粘膜にできる悪性腫瘍です。日本人のがん死亡としては肺がん、大腸がんについで3番目に多く、60代前後の男性に多い傾向があります。

胃がんに遺伝の影響はあまりなく、塩分の多い食事や喫煙、飲酒などの生活習慣が関与します。さらに胃の中に生息するヘリコバクター・ピロリという細菌がいる場合には胃がん発症率がぐっと上がります。

胃カメラによる検査や、バリウムを使用した胃の透視検査を定期的に行って早期発見をすることが大事です。ヘリコバクター・ピロリがいるかどうかを検査し、必要ならば除菌をすることがすすめられています。

ピロリ菌を除菌し、正しい生活習慣を行うことで胃がんの発症率を下げ、さらに定期的な検診で早期に胃がんを発見し治療をすることで、進行胃がんを防ぐことが重要です。

痛みはある?胃がんの症状

胃がんは早期の場合は症状があまり見られません。胃の粘膜には痛覚を感じる機能がありませんから、粘膜に異常が起こってもあまり症状が出てこないのです。

一部の人は上腹部痛や腹部膨満感、食欲不振などを感じることもありますが、胃がんに特異的な症状とはいえず、また胃がんとは別の理由で検査を受けた際に偶然に見つかる場合もあります。

胃がんが進行し、粘膜からだんだん深い層に浸潤してくると、胃の中に出血してくることがあります。ただし吐血を起こすほど大量の出血をきたすことは稀です。胃の中で出血すると便に色がつくことがありますが、血液のような赤い色ではなく、便が真っ黒になります。内服薬の影響で便が黒くなる場合もありますが、そうした理由がない場合は消化管での出血が疑われる症状ですので、早めに受診しましょう。

胃がんがさらに進行して深い層に浸潤すると、胃の表面にまでがんが出てきてお腹の中にがんが広がって腹痛や腹部膨満をきたすことがあります。胃に突然穴が開き胃液を含めた胃の内容物がお腹の中にばらまかれる消化管穿孔では突然の腹痛が起こります。

胃がんが進行して転移した場合、転移先で増大することで症状が現れます。ただし、胃がんが転移しやすいのはリンパ節や肝臓で、これらの場所ではある程度増大するまで症状が起こらないことが多く、転移の症状には気づきにくいことがあります。

このように、胃がんは手術で切除可能な初期には症状が少なく、進行してきてから症状が出てくるがんといえます。

胃がん手術後の後遺症と胃切除後症候群

胃がんが粘膜の表層にとどまっている場合、胃の内視鏡で粘膜だけを切除するだけで治療が終了することが多くなります。この場合は粘膜が自然と修復され、後遺症を生じることはほとんどありません。しかし、がんが深い層まで至っている場合、胃を切除する手術が必要になります。

胃は食道側(胃の噴門部と呼びます)と十二指腸側(胃の幽門側と呼びます)の2方向から血流を受けています。胃の中でもだいたい噴門側3分の1が食道側から、幽門側3分の2が十二指腸側からの血流を受けています。

手術をして胃を切除する場合、この境目を基準に、胃の切除範囲を決めます。

すなわち、胃がんが境目より幽門側にある場合は幽門側の胃切除、境目より噴門側にある場合は噴門側の胃切除、両方にまたがる場合には胃全摘を行います。胃がんのサイズにはあまり左右されず、小さくても幽門側に胃がんがある場合は胃の3分の2を切除することになるわけです。また、胃がんの中でもスキルス胃がんの場合は胃全摘が必要となります。

このようにして胃を切除する手術を行った場合には、次に挙げるような後遺症や胃切除後症候群と呼ばれる症状が生じることがあります。

小胃症状

胃は食物を一時的に貯めて消化し、細かくしてから腸に送り出す役目を持っています。胃が小さくなると一度に貯められる食物量が少なくなり、消化が不十分なまま食物が流れていくことで消化吸収効率が悪くなったりします。

ダンピング症候群

ダンピング症候群は、食物がすぐに小腸に流れ込むことによって起こります。ダンピング症候群は早期ダンピング症候群と後期ダンピング症候群に分かれます。

早期ダンピング症候群は、食物が小腸に急に流れ込み、小腸がパンパンになってしまうことによって起こります。食事中から食後30分以内に起こります。腹痛、下痢、悪心、嘔吐などの消化器症状が起こるほか、血流の異常から動悸やめまい、冷汗、顔面紅潮、全身倦怠感などが引き起こされます。

後期ダンピング症候群は、小腸に食物が多く流れ込み血糖吸収が一気に起こることによって生じます。血糖が一気に吸収され高血糖となると血糖を下げるためにインスリンというホルモンが分泌されます。

しかし、実際に食事できる分量は減っているため、インスリンの分泌量が過剰となって血糖値が下がりすぎ、低血糖の状態になります。これにより、めまいや頭痛、手の震えや倦怠感といった症状が食後2~3時間後に起こってきます。ゆっくり少量ずつ食事をすることが対処法になります。

体重減少

胃切除をすると、切除の範囲にかかわらず基本的に全ての胃の機能が低下します。また、術後はしばらくの間絶食や食事の制限が行われます。前述のダンピング症候群の予防のため食事量を減らすことも原因の一つとなります。

そのため、ほぼ全ての胃切除後に体重減少が見られます。胃全摘術後1か月で約10%、幽門側胃切除術後1か月で約8%程度の体重減少があると言われています。

また、化学療法にともなう食思不振によって体重減少が長期に続く場合もあります。

貧血

胃は消化を行っているだけではなく、血液を作る補助をするビタミンを吸収しやすくする物質を分泌しています。胃を全部切除するとビタミンが吸収されにくくなって貧血を来します。

骨粗鬆症(カルシウム吸収障害)

カルシウムやビタミンDは、胃酸によって活性化されたり吸収を促進されたりします。

胃切除によって胃酸の分泌が減少すると、このようなカルシウムの吸収やビタミンDの活性化が阻害されることによって、血液中のカルシウム濃度の低下が見られることがあります。

血中のカルシウム濃度が低下すると、骨からカルシウムが溶け出して血液中のカルシウム濃度を維持しようとします。その結果、骨密度が低下し骨粗鬆症が起こってしまうのです。

特に高齢者や痩せ型の人の場合はカルシウムの多い食事を取るだけではなく、カルシウムの製剤やビタミンD製剤の内服がすすめられることがあります。

胃切除後胆石

胃切除をするときには、胆嚢に至る神経を切除しなければならないことがよくあります。神経を切除すると胆嚢が収縮する神経指令が中々届かなくなり、胆嚢が収縮しなくなってしまいます。こうなると胆嚢の中で胆汁がうっ滞し、結石が形成されやすくなってしまうのです。

また、胃切除のために胃酸の分泌が低下する事は、胆道の感染症のリスクを上昇させます。胆石がそこに加わると、胆管炎や胆嚢炎を発症しやすくなります。

このようなことを防ぐため、胃切除の時に同時に胆嚢を摘出する場合もあるのです。

その他

腹部手術の後遺症として、お腹の中の内臓同士がくっつく癒着が起こります。癒着によって腸の動きが悪くなり、腸閉塞を起こすことがあります。

切除した部分が次第に狭窄してきて通過障害を起こす場合もあります。

胃の近くには胆管が通っていますから、胆汁の流れが悪くなり胆管炎や胆嚢炎を起こすこともあります。

胃がん手術後の食事のポイント

胃切除後は、切除した範囲によらず概ね3か月は食事に気をつける必要があります。

食事の回数

まずは胃を含めて腸など様々な消化器に負担をかけないように少しずつ食べるのがポイントです。1日三食食べると1回の食事量が多くなってしまいますから、1回の食事量を減らした上で、間食を2回ほど挟む事で合計5回の食事とし、一回の食事摂取量を減らします。これはダンピング症候群の予防にも繋がります。

食事の時間

食事にかける時間もポイントです。早く食べてしまうといっきに胃に食物が入り、すぐに満杯になってしまいます。また、特に全摘で食道と小腸を繋いだ場合は小腸と食道の食事通過速度の違いから、接合部で食事が滞留してしまいます。ダンピング症候群も起こりやすくなりますから、1回の食事に30分以上をかけるのが良いです。

食後の過ごし方

食後の体勢にもポイントがあります。食事をした後ダンピング症候群をよく起こしてしまう人は、食事を取った後にしばらく横になることがすすめられています。これにより、食道から小腸への食べ物や飲み物の流れが重力によって一気に流れ込んでしまうのを避けることができます。

ただごろんと横になるのではなく、上半身を少し高くして横になって休むと効果的です。すぐ横になると胃もたれをしたり、気持ち悪くなったりしてしまうような人は横にならずに座って休むか、ちょっとしたウォーキングをするとよいと言われています。

胃がんの緩和ケア

転移を起こしていない胃がんは手術で取り除いて化学療法で再発を予防しますが、転移を起こしている場合は化学療法中心になります。


痛みに対してはまずは鎮痛薬による痛みの緩和を目指します。一般的な鎮痛薬に加えて、麻薬も使用されます。麻薬は可能な限り経口投与で、定期的に使用することが原則です。突出する痛みが突然起こることもありますから、そのような際に使用するレスキュー薬と呼ばれる鎮痛薬も用意しておきます。

神経ブロックによる痛みの緩和も選択肢となります。胃の痛みを抑えることは難しいですが、転移先の痛みに対しては適応となる場合があります。痛みを伝える神経を局所麻酔薬やその他の薬剤でブロックすることで痛みを緩和します。

同じように転移先に対しては放射線を照射することでがんの増大を防ぎ、痛みを抑えることがあります。

胃がんが胃の表面にまで浸潤したり、腹膜転移を起こしたりすると腹水が貯留してきます。少量であれば症状はあまりありませんが、大量になると腹部膨満感が強くなり不快になりますし、消化管の通過障害も出現することがあります。腹水の中にはアルブミンをはじめとした重要なタンパク質が流れ出しています。症状緩和のために腹水を体外へ排出させる一方、アルブミンなどの補充が行われます。

吐き気や便秘はがん自体でも起こりますし、鎮痛薬として麻薬を使用した場合の副作用でも起こります。適切に吐き気止めや軟便剤などを使用していきます。

がんが消化管を圧迫して腸閉塞が起こることがあります。進行しているがんの場合は周りに強く癒着しているため切除を行うことは困難ですから、がんによって閉塞している前後で腸管同士をつなぎ合わせ消化物が流れるようにするバイパス手術を行います。

このほか、眠気や倦怠感、浮腫(むくみ)や褥瘡(床ずれ)など、体の消耗に伴ってさまざまな症状が出現します。その都度、色々な治療を組み合わせて対応していきます。

郷正憲

徳島赤十字病院 麻酔科 郷正憲 医師 麻酔の中でも特に術後鎮痛を専門とし臨床研究を行う。医学教育に取り組み、一環として心肺蘇生の講習会のインストラクターからディレクターまで経験を積む。 麻酔科標榜医、日本麻酔科学会麻酔科専門医、日本周術期経食道心エコー認定委員会認定試験合格、日本救急医学会ICLSコースディレクター。 本名および「あねふろ」の名前でAmazon Kindleにて電子書籍を出版。COVID-19感染症に関する情報発信などを行う。 「医療に関する情報を多くの方に知っていただきたいと思い、執筆活動を始めました」

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