手術に用いられる麻酔の種類と特徴

お悩み

いざ手術を受けるとなると、麻酔が心配だという方もいらっしゃるでしょう。麻酔と聞くと、本当に効くのか、効き過ぎて覚めないことはないのか、そもそもどのように麻酔をするのかと色々不安がつきないと思います。ここでは麻酔の種類とそれぞれの特徴について解説します。

麻酔とは

手術をするとなると、体は痛みを感じます。そのこと自体が強いストレスになりますし、反射で傷がついたところが逃げたり、筋肉が収縮して手術する場所が狭くなったりして手術を続行することが困難になってしまうでしょう。

麻酔には次のような3要素があります。

1つ目は鎮静、すなわち眠る事です。起きていると手術の環境がストレスになってしまい、体に悪影響がおこるので鎮静します。ただし、鎮静がない麻酔も行われる事があります。

2つ目は鎮痛、すなわち痛みを感じなくすることです。

3つ目は筋弛緩です。筋肉が収縮して手術をする場所が動いたり狭くなったりして手術がしにくくなってしまわないように、筋肉を弛緩させます。

これらを達成するのが麻酔です。

人の体は、脳から繋がる神経の伝達によって運動を支配したり、感覚を感じたりしていますから、それらの伝達経路のどこかでブロックをすることでこの効果を得ます。

神経系の構造

麻酔についてよりよく理解するために、神経系の大まかな構造を確認しておきましょう。

運動、痛み、いずれも情報を脳が処理します。脳からは、背骨の中を通って脊髄が繋がっています。脳や脊髄はくも膜、硬膜という膜で包まれていて、その中には脳脊髄液という液が貯留しています。脳や脊髄は脳脊髄液の中に浮かんでいる状態で保持されています。これにより、体に強い衝撃が加わっても脳や脊髄には衝撃があまり伝わらないようになっているのです。

脊髄からは脊髄神経という細い神経が左右に出ています。この神経は、くも膜や硬膜を貫いて外に出て、そのまま末梢神経として体の各部分に至ります。

これからさまざまな麻酔の特徴を説明していきますが、いずれの麻酔もこれらの経路のどこかに作用しますから、もし分からなくなったらこの神経系全体の解剖に戻ってきてみて下さい。

全身麻酔の特徴

まず紹介するのが全身麻酔です。

全身麻酔は、全身に薬を投与することで麻酔の効果を得ます。そのため、鎮静の薬、鎮痛の薬、筋弛緩のための薬をそれぞれ投与し、麻酔を完遂します。

鎮静の薬や鎮痛の薬は基本的に脳に作用します。

鎮静の薬が脳に届くと、意識を司る脳の部分が活動を低下させ、意識がなくなります。これは眠っている状態とは違い、脳細胞の活動が低下している状態ですので、呼びかけても目が覚めない状態です。

鎮痛薬も脳に作用します。脳の痛みを感じる部分に作用し、体の各所から痛みの情報がやってきても、反応しなくなります。

ここで、「あれ、眠っていて刺激にも反応しないのに痛みを感じる事は無いんじゃないの?」と疑問に思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

実は、痛みがあると、体は無意識にさまざまな反応を起こします。痛みはストレスとして体に伝わり、それに対抗するためのさまざまな反応が起こるのです。

例えば、ストレスに対抗するためのホルモンが大量に分泌されます。これにより、血中の血糖値が上昇したり、筋肉からアミノ酸が放出されて糖を作ったり、体の中のさまざまなバランスが崩れます。

また、ストレスによって心拍数や血圧が急上昇します。もしもともと心臓病や脳血管に異常があるような人であれば、この血圧上昇によって心臓病が急激に悪くなったり、血管が破裂して脳出血を起こしたりなど、非常に重篤な事が起こってしまいます。

そのため、全身麻酔で眠っている状態でも、鎮痛はしっかりしなくてはならないのです。

あとの筋弛緩については、筋肉が収縮しないようにする薬を投与することで筋肉を弛緩させ、手術をしやすくします。

これらの要素を達成する事で麻酔ができるのですが、副作用もあります。

まずは筋肉が動かなくなるので、呼吸が止まってしまいます。そのため、全身麻酔のときには人工呼吸用のチューブを気管まで挿入し、人工呼吸を行います。

また、鎮静薬や鎮痛薬を使用すると血圧や脈拍に影響が出ますから、調節する薬を使って適切な血圧や脈拍を保ちます。

他にもさまざまな影響が体には出てきますから、全身麻酔中は常に体の状態を監視し、調整を行っているのです。

局所麻酔の特徴

局所麻酔は、手術をする場所に注射で局所麻酔薬を投与することで麻酔をします。

神経によって痛みは伝達されると説明しましたが、その痛みの情報は皮膚や筋肉にある痛みのセンサーが感知します。痛みをそのセンサーが感知したら、神経が情報を脳に伝え、痛いと感じるという仕組みです。

局所麻酔薬は、注射することによってそのセンサーを麻痺させ、痛みを感じなくさせます。局所麻酔薬がセンサーの周辺にある間は効果を発揮し続け、麻酔薬が吸収されて無くなってしまうとセンサーが再び正常に働き始めるために痛みを感じるようになってきます。

この場合、もちろん鎮静薬は投与していませんから、局所麻酔だけでは鎮静はされず意識はある状態での処置になります。

筋弛緩に関してもほとんどの場合はなされず、動かそうと思えば手術する場所を動かす事もできます。

そのため、局所麻酔による手術は体表面の手術などに限定されます。

脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)の特徴

脊髄くも膜下麻酔という難しい名前の麻酔ですが、よく脊椎麻酔と言われる麻酔です。別名下半身麻酔です。下半身麻酔というと、だいぶ身近な印象となるのではないでしょうか。

この麻酔は、名前の通りくも膜の下に麻酔をする方法です。

先ほど説明した通り、脳や脊髄はくも膜という膜に包まれていて、その中に脳脊髄液という液がたまっています。

脊髄くも膜下麻酔の場合、この脳脊髄液の中に局所麻酔薬を入れることで、その中にある脊髄を麻痺させて麻酔効果を得ます。

脳からの指令や、末梢からの痛みの情報はすべて脊髄を通って伝えられるため、脊髄が麻痺すると運動の指令も、痛みの情報も全てシャットアウトされ、麻酔効果が得られるという事です。

しかしここで、不安に思われる方もいるかもしれません。薬を入れると、どう広がって行くのかも分からないし、脳と脊髄が繋がっているのであれば頭の方まで薬が広がってしまうのではないかと思われるのではないでしょうか。

実はこの事を解決するために、非常に巧妙な方法をとっています。このとき、麻酔に使用する薬に工夫をしています。脊髄くも膜下麻酔に使用する局所麻酔薬は、多くの場合、脳脊髄液と比べて重さが違う薬を使用しているのです。特に、比重が高い、すなわち脳脊髄液に比べて重い薬を使用しています。

脊髄くも膜下麻酔を行うために針を刺す場所は、腰の辺りです。この辺りは脊髄が非常に細くなっていて、針を刺しても脊髄が傷つかない場所になっています。この場所から薬を入れていきます。

入った薬は、どんどんと拡散していきます。しかし比重が高いため、高い方には広がっていきません。そして、脊髄は生理的に彎曲していて、背中の辺りが最も背中側で凸になっており、首の辺りでは前方に凸になっています。そのため、背中の辺りまで薬液が広がったら、それよりも上には広がっていきません。

そのため、下半身のみに麻酔効果を得る事ができるのです。ですので、この麻酔を行うのは主に下肢の手術です。また、下腹部の手術に利用されることもあります。

ただし、薬の効果が切れてしまうと麻酔が切れてしまいますから、手術時間が長くなってしまう場合には使用ができません。また、思わぬ血圧低下をきたす場合があるため、心臓の病気がある場合にも使用できませんし、脊髄の辺りで出血してそれが止まらなくなると大変ですから血が止まりにくい人や血をさらさらにする薬を飲まれている方もできません。

硬膜外麻酔の特徴

硬膜外麻酔というのは、その名の通り、硬膜の外に麻酔薬を投与することで麻酔効果を得る麻酔です。

前述の通り、脊髄からでた神経は、くも膜と硬膜を貫いて外に出て、体の各部分へ至ります。硬膜の周りには空間がありますから、この部分に薬を投与することで硬膜から出てきた神経を狙い撃ちにして麻酔をしてやります。

脊髄くも膜下麻酔と違って、下半身だけではなく胸などの場所でも麻酔をすることが可能です。また、濃度を調節することで痛みだけをブロックして、運動はブロックしないと言う事も可能になりますから、手術のためと言うよりも手術の後の痛み止めとして使いやすいものです。

さらに、硬膜の周りの空間にチューブを留置することが可能です。そのため、チューブから持続的に薬を流すことで、持続的に麻酔を行い、痛みを長期間にわたってブロックする事ができます。

欠点は、先の脊髄くも膜下麻酔と同じように、出血が悪影響を及ぼす場合は使用できないところです。

伝達麻酔の特徴

伝達麻酔というのは、末梢神経に対する麻酔です。脊髄を出た神経は、体の特定の部分を通って走行し、分岐を繰り返すことで末梢に至り、作用を発揮します。

そのため、その途中で局所麻酔薬を使用してブロックしてやることで、痛みを抑える事ができます。

昔はこの辺りに神経があるはずだと針を刺して局所麻酔をする方法が一般的でしたが、だんだんと巧妙な方法が使われるようになりました。

現在では、超音波装置で神経そのものや、神経がある場所を確認し、その場所に針を誘導して局所麻酔薬を投与することでかなり確実に神経に局所麻酔をする事が可能になっています。

この麻酔も単回投与であれば、局所麻酔薬の効果が切れれば麻酔効果は切れます。場所によってはチューブを留置して持続投与という方法もとられます。

郷正憲

徳島赤十字病院 麻酔科 郷正憲 医師 麻酔の中でも特に術後鎮痛を専門とし臨床研究を行う。医学教育に取り組み、一環として心肺蘇生の講習会のインストラクターからディレクターまで経験を積む。 麻酔科標榜医、日本麻酔科学会麻酔科専門医、日本周術期経食道心エコー認定委員会認定試験合格、日本救急医学会ICLSコースディレクター。 本名および「あねふろ」の名前でAmazon Kindleにて電子書籍を出版。COVID-19感染症に関する情報発信などを行う。 「医療に関する情報を多くの方に知っていただきたいと思い、執筆活動を始めました」

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