背中が痛いって本当?無痛分娩にも用いられる硬膜外麻酔の特徴と合併症

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硬膜外麻酔という麻酔を知っていますか?あまり聞き慣れない麻酔かもしれませんが、実は下半身麻酔や全身麻酔より古い時代から使用されており、非常に有用な点が多い麻酔なのです。ここでは硬膜外麻酔について詳しく紹介します。

硬膜外麻酔とは

硬膜外麻酔とは簡単に言うと、硬膜の外に麻酔薬を投与することで麻酔効果を得る麻酔になります。では、硬膜とは何なのでしょうか。脊髄やその周辺の解剖から説明していきましょう。

硬膜と周辺の構造

人の体は、脳からの指令によって動きます。また、体中から集められた触覚や痛覚など、さまざまな感覚は全て脳へ集められます。とは言っても、全ての神経が直接脳に届いているわけではありません。脳からは脊髄が長く伸びていて、それぞれの神経は脊髄から伸びています。

脊髄と脳はひと続きになっています。そして、ひとまとまりに膜に包まれています。膜は主に3種類で軟膜、くも膜、硬膜と言います。この中でも最も強いのは名前の通り硬膜です。硬膜は脊髄や脳を守るための頑丈な膜なのです。

脊髄は、非常に重要な神経の塊ですから、硬膜だけで守られているのではありません。背骨のことを脊椎と言いますが、脊椎は中に穴が空いた構造をしており、その穴が上から下までずっと繋がった構造をしています。この繋がった穴を脊柱管といい、脊柱管の中に硬膜に包まれた脊髄が入り込んでいます。

脊柱管は、骨だけでできているのではなく、様々な靱帯によって支えられています。脊椎がずれないように脊椎の周りはもちろんのこと、脊柱管の内側にも目張りするように何本もの靱帯が存在し、脊柱管がずれて脊髄がダメージを受けないように保護をしているのです。

まとめると、脊髄は硬膜に包まれており、硬膜に入った脊髄は、脊椎と靱帯が作る脊柱管の中にすっぽり収められているというわけです。

脊髄から出ていく神経や、脊髄から入ってくる神経は、脊椎の間を通り抜け、脊柱管の中に入った後、硬膜を貫いて脊髄に至ります。

この脊柱管の中に存在する多数の靱帯と、硬膜との間には若干の空間があります。ここを硬膜外腔といい、硬膜外麻酔はここをターゲットに行う麻酔なのです。

硬膜外麻酔の方法

実際にどのように硬膜外麻酔を行うのでしょうか。

まずは、硬膜外麻酔を行う前には計画が重要になります。硬膜外麻酔は、後述しますが麻酔を効かせる範囲や強さを調節することができます。例えばおへその周りだけに効かせたい、とか、足だけに効かせたい、とかの範囲の調節ができます。また、痛みだけを取りたい、とか、痛みを取るだけではなく動かなくもしたい、とかの調節もできます。

このようにさまざまな調節ができるため、まずは必要な麻酔について、綿密に計画をします。

計画をしたら、実際に手技を行っていきます。先ずは消毒をした後、局所麻酔を行います。硬膜外麻酔に使用する針は1.5mm程度と非常に太い針ですので、局所麻酔がなければ非常に痛いのです。ですので、まず硬膜外麻酔をするための針を入れられるように局所麻酔を行います。

その後、局所麻酔が効いた範囲で針を刺入していきます。背骨と背骨の隙間から針を入れていき、硬膜外腔まで針を届かせます。

硬膜外腔まで針が届いたら、目的に応じた麻酔を行います。例えば、処置をする間だけ麻酔が効いているので十分であれば、局所麻酔薬をそのまま注入し、針を抜去します。

一方で、手術の後など痛みが長く続く場合に、痛み止めとして使用したい場合には0.5mm程度の細いチューブを硬膜外腔に留置することができます。このような場合には、チューブを挿入してから針を抜去します。

硬膜外麻酔の特徴

硬膜外麻酔はどのようにして効果を発揮するのでしょうか。

硬膜外麻酔のターゲットとなるのは、脊髄を出て硬膜を貫いて出てきた神経になります。硬膜外腔に局所麻酔薬を満たすことで、この神経を麻痺させることで痛みを感じなくさせたり、筋肉を動かす指令をさせなくさせたりします。

ですので、例えばおへその当たりだけに効かせたいのであれば、おへその辺りに至る神経が出ている付近で硬膜外腔に局所麻酔薬を注入することで効果を得ることができます。これは大腿背中の真ん中辺りになります。このとき、局所麻酔薬が広がっていない範囲には効果が及びません。

同じように、足の痛みを取りたいのであれば、足に至る神経の付近、これは腰の辺りになりますが、この付近に局所麻酔薬が届くように穿刺をします。

また、薬液が広がっている範囲に効果が広がりますから、多くの薬を注入すればそれだけ広い範囲に麻酔効果が得られます。

一方で、麻酔薬の濃度を調節することで、出現する効果を調節することもできます。麻酔薬が薄いと、血圧などをコントロールする交感神経のみしかブロックできませんが、少し濃くすることで痛みのみをブロックすることができるようになります。もう少し濃くすると触った感じも分からなくなり、さらに濃くすると筋肉を動かすこともできないようにすることができます。

このように、硬膜外麻酔の最大の特徴は効果を自由自在にコントロールできることにあるのです。

麻酔をするとき背中が痛いって本当?

よく、麻酔をした人の経験談で、背中からの麻酔が非常に痛かったという経験を話される方がいらっしゃいます。その多くは、脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)を行った人です。以前はこの脊髄くも膜下麻酔を行う際には局所麻酔を行わずに針を刺入していたので、強い痛みを感じていたという歴史があります。

しかし今では硬膜外麻酔はもちろん、脊髄くも膜下麻酔のときにも局所麻酔を行います。

局所麻酔は確かに全く痛くないとは言えませんが、細い針でなるべく痛くないように麻酔をするように工夫しています。よく比較するのが歯科麻酔です。歯科麻酔も同じように局所麻酔の針を刺して麻酔をしますが、歯の方が背中より圧倒的に敏感ですから、歯科麻酔より背中の麻酔の方が痛みが弱いと言う人がほとんどです。

また、局所麻酔が効いた後は痛みを感じる人はほとんどいません。稀に神経に針が当たり、痺れる痛みを感じる方もいらっしゃいますので、何かあればその場で伝えることで対処できます。

硬膜外麻酔と脊椎麻酔の違い

同じように背中から行う麻酔として、脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)があります。脊椎麻酔は、脊髄が含まれている硬膜、くも膜の中にまで針を刺入して局所麻酔薬を注入します。

くも膜の下には脳脊髄液という液が貯留しています。局所麻酔薬を注入するとその脳脊髄液に混ざって広がり、広い範囲の脊髄を麻痺させます。その範囲は痛みも感じませんし、足を動かすこともできません。

広がる範囲も調節ができず、足の方からだんだんと上の方に広がるという効き方をします。そのため、下半身麻酔とも呼ばれています。

また、脊髄の近くということもあり危険が伴うので、チューブを留置して持続的に薬を投与するといったこともできませんから、基本的には局所麻酔薬の効果が続く時間しか効果が続きません。

このように、脊髄くも膜下麻酔は1回だけ、下半身にしっかり麻酔をかける麻酔というイメージになります。

持続して痛みだけを取る、一部分だけに効果を発揮する等の調節を行える硬膜外麻酔との違いがおわかり頂けたでしょうか。

硬膜外麻酔と全身麻酔を併用する場合

手術の後の痛み止めとして硬膜外麻酔を行う場合があります。手術中は全身麻酔を行うことで痛みを取ることができますが、全身麻酔が切れるとすぐに痛みが出てきます。

それを防ぐために、手術前に硬膜外麻酔のチューブを留置しておき、その後に全身麻酔を行うという方法があります。これにより、手術中から硬膜外のチューブで痛み止めを流し始め、手術の後も持続的に続けることで痛みを抑えるという方法がとれるのです。

手術の内容や全身状態などによっても変わってきますが、特に腹部手術などでは多く行われる方法です。

無痛分娩にも用いられる硬膜外麻酔

無痛分娩の際に使われるのも硬膜外麻酔です。無痛分娩の場合、痛みは取りつつ、陣痛の元となる子宮収縮や、息みといった筋収縮を残さなければ分娩が進行しません。そのため、調節性がよい硬膜外麻酔が利用されます。

陣痛に伴う子宮収縮の痛みと、赤ちゃんが出てくる産道の痛みを取るために、2か所をターゲットにする硬膜外麻酔が基本となります。

しかしそれでも筋肉の収縮力を残す調節は難しく、完全に無痛というのはなかなかできません。そのため、最近では痛みを緩和させる程度、ということで和痛分娩とも呼ばれています。

このように、硬膜外麻酔は調節性の良さを利用してさまざまな場面で使用されているのです。

硬膜外麻酔の合併症

硬膜外麻酔は確かに有用ですが、合併症がないわけではありません。ここからは代表的な合併症を紹介します。

血圧低下

硬膜外麻酔を行うと、血圧が低下することがあります。

人の血圧をコントロールしているのは、自律神経系という神経になります。自律神経系には交感神経と副交感神経があって、それぞれがバランスを取り合うことで血圧を維持しています。

交感神経が強く働くと、心臓の収縮力が強くなったり脈拍が増えたり、血管を収縮させることによって、血圧が上昇します。

一方で副交感神経が強く働くと、反対に心臓の収縮力は弱くなって脈拍は低下し、血管が弛緩することによって血圧が低下します。

血管が収縮したり弛緩したりすることによる血圧の変化はホースに例えられます。ホースの先をぎゅっと握って圧力を加えると、ホースの先から出てくる水は勢いよく、強い圧で出てきます。つまり、管が狭くなると、その中の液体には強い圧がかかるのです。血圧も同様で、血管が収縮することによって、血圧が上昇してくるのです。

さて、この交感神経と副交感神経ですが、それぞれ違った場所から出ています。交感神経が出ているのは、脊髄です。内臓にも神経が出ている胸椎や腰椎から、交感神経も出ています。

一方で副交感神経は、一部は骨盤内の脊髄からも出ていますが、ほとんどは脳神経から出ています。迷走神経という名前の神経で、脳から出た後、首、胸、お腹と下の方に走行しています。

このような神経の走行に対して、硬膜外麻酔を行うと、交感神経だけがブロックされることになります。すると血管が弛緩して血圧が下がってしまうのです。もし手術する場所によって、胸椎のあたりに硬膜外麻酔を効かせると、心臓の収縮力も落ち、血圧がさらに下がってしまうこともあります。

このような血圧の低下については、交感神経の局所麻酔への感受性や、体の中の水分量など、様々な条件によって反応が異なってきます。全く血圧が下がらない人もいますし、下がっても少ししか下がらない人というのも多くいます。ただし、中には治療を必要とするほど血圧が低下することもないわけではありません。

神経障害 

神経の近くに針を通しますから、神経障害を起こすことも時折あります。針が神経自体を貫いてしまうこともありますし、局所麻酔薬の毒性によって神経が損傷を受けてしまうこともあります。

またこの後に説明するような、硬膜外血腫や硬膜外膿瘍によって神経が圧迫されて、神経損傷を起こすこともあります。

神経損傷を起こすと、ビリビリジンジンといった痛みが続く場合があります。だんだんと治ってくることもありますが、 慢性的に経過することもゼロではありません。

このような神経障害が起こらないように、神経に針が当たったらすぐに気づけるよう、基本的には先に硬膜外麻酔を行った後で全身麻酔を行います。

硬膜外血腫

血腫というのは血の塊のことです。 硬膜の周りには静脈が発達していて、硬膜外に針を通した時に血管を傷つけることがあります。多くの場合は、そのままにしていてもすぐ出血は止まり、問題になることはありません。

しかし、血をサラサラにする薬を飲んでいたり、血液が固まりにくい状態にもともとあるような場合には、出血がなかなか止まらず、血の塊を作ることがあります。すると、先に述べたような神経障害を引き起こすことがあるのです。

硬膜外血腫を疑った場合にはすぐMRIを撮影して診断し、硬膜外血腫の場合にはすぐに手術を行います。

硬膜外膿瘍 

膿瘍というのは膿の塊のことです。硬膜外麻酔を行う時には、背中を消毒して、滅菌したシーツをかけることによって、細菌が体の中に入るのを防いだ上で処置を行います。

しかし、もともと何らかの感染症にかかっていて、血液中に細菌がいるような状態で硬膜外麻酔を行うと、細菌が硬膜の外に押し込まれ、そこで膿瘍を形成してしまうことがあるのです。

そのため、何らかの感染症にかかっていると考えられる場合には 硬膜外麻酔は行いません。

郷正憲

徳島赤十字病院 麻酔科 郷正憲 医師 麻酔の中でも特に術後鎮痛を専門とし臨床研究を行う。医学教育に取り組み、一環として心肺蘇生の講習会のインストラクターからディレクターまで経験を積む。 麻酔科標榜医、日本麻酔科学会麻酔科専門医、日本周術期経食道心エコー認定委員会認定試験合格、日本救急医学会ICLSコースディレクター。 本名および「あねふろ」の名前でAmazon Kindleにて電子書籍を出版。COVID-19感染症に関する情報発信などを行う。 「医療に関する情報を多くの方に知っていただきたいと思い、執筆活動を始めました」

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