漢方医学と五行説
漢方医学では四診によって一人一人の体質や病状、病気の原因などの情報を得て漢方を処方します。その際に重要な考え方が「五行説(ごぎょうせつ)」になります。五行説では木・火・土・金・水の性質と関係性が重要になりますが、漢方医学では五行が五臓六腑と対応しています。それにより、不調が出ている部位を診断するための手掛かりになりますので、今回は五行説をご紹介いたします。
目次
五行説
五行説は自然界のすべての事物(人間も含む)を木(もく)・火(か)・土(ど)・金(きん)・水(すい)と同じか似ている「性質」で分類し、この五つで説明をしようという考え方です。
五行の各特性
木・火・土・金・水の各特性、五臓六腑の働きによって五行のどれと対応しているか、七情(しちじょう)と五行との関連性を見ていきます。尚、五臓六腑の六腑には三焦(さんしょう)が含まれていますが、三焦は西洋医学で対応する臓器はありません。その働きからリンパ系のように体を守る防御機構と捉えて下さい。
また、七情とは人間が自然と持ち合わせる7つの感情で、七情の変動は臓腑に影響を与え、病気の原因となります。
どの感情がどの臓腑に影響を与えるかも合わせて確認をしていきます。
木の特性
木は成長・発散・柔軟性・伸びるという特徴があります。春は東風が吹き、草木が青々と茂り、新芽が出て自然界を成長させます。
「肝と胆」と「木」
肝は右の脇腹にあります。
血を豊富に含み、気の運行・血の貯蔵・血流のコントロール・消化機能の促進・精神活動の調節など様々な働きがあります。また、うつを嫌って伸びやかさを好むため気の特性に属します。六腑のうち胆と表裏の関係にあります。
主な働きは以下の通りです。
・疏泄(そせつ)を司る
疏泄の疏は離れること、疏泄の泄は外へ排泄するという意味で、気をコントロールします。
・蔵血
血を貯蔵し、全身の血流量を調節する働きがあります。
・筋を司る
蔵血によって筋肉を潤し、関節の動きを滑らかにします。
・華が爪に現れる
華とは輝きやツヤのことで、爪は筋肉から派生するものなので爪の状態を見れば肝の機能の良しあしが分かります。
・目に通じる
血によって体を養い、疏泄によって目を滋養しますので、血が不足すると目が乾燥し視力が低下するなど目に症状が表れます。
・液体は涙
肝血により目を潤して保護します。
怒と肝
適度な怒りは肝気の上昇や発散を助けますが、激怒は肝を傷つけます。
火の特性
日は熱い・炎上・燃えるという特徴があります。夏は暑く、南は陽が一番暑い方角なので火に属します。
「心と小腸」と「火」
心は胸の裏にあります。心は生命を統制し、精神活動や、全身の脈・血流に関わる臓器です。血液の循環を司るので、体を温めることから火の特性に属します。六腑のうち小腸と表裏の関係にあります。
主な働きは以下の通りです。
・血脈を司る
血脈は血管のことで、心気が血を作り、血流を調節し、血管の動きをコントロールします。
・神志(しんし)を司る
顔色、視線、言語、反応、姿勢、動きで生命活動を司る心の働きを見ることが出来ます。
精神、意識、思考の活動を司るので、心の働きが良好であれば反応が素早く、明るい気持ちになり、精神が安定し、頭の回転が鋭くなります。
・華が顔に現れる
顔の血脈は豊富です。
心の働きが良好であれば顔色はよく明るい表情になります。
・舌に通じる
舌は味覚、言語、発声を司ります。
また、血管も多いので心の働きが正常であれば食べ物の味をしっかりと感じることができ、不調であれば舌に現れます。
・液体は汗
汗の源は血です。皮膚を潤し、熱を発散し、水の排泄をする働きもあります。
喜と心
喜びを感じると心の働きがスムーズになり、血脈の流れや心気のめぐりがよくなりますが、大喜びしすぎると心気を緩めてしまいます。
土の特性
土は植物・農作物・動物などの全てが誕生し、成長し、生活する基盤になります。大地は適度に湿り気があって、全ての動植物に栄養を与えて育てます。
「脾と胃」と「水」
脾は横隔膜の下にあります。消化器官の総合的な働きを司り、気血水を生成し、全身に運ぶ中枢です。気血水を生み出す水穀精微を司ることから、土の特性に属します。六腑のうち胃と表裏関係にあります。
主な働きは以下の通りです。
・運化(うんか)を司る
運は運び、化は消化を意味します。
食物を消化して運ぶ働きの中心です。
・統血(とうけつ)を司る
脾の働きによって血流をコントロールし、出血を防ぎます。
・四肢と筋肉を司る
脾で生成された水穀精微が栄養となって四肢や筋肉を丈夫にします。
・華が唇に現れる
唇の色から脾と胃の健康状態がわかります。
・口に通じる
口は脾の入口にあたり、脾の状態がよければ食事が美味しく感じられ、食欲があります。
・液体は涎(よだれ)
涎は消化を促し、口の中を潤します。
思と脾
思い悩むことが長引くと気が滞って固まるため、運化に支障をきたします。
金の特性
金は硬く・綺麗で、静粛、収斂(しゅうれん)のイメージがあり、秋は農作物が収穫期を迎え金色になります。
「肺と大腸」と「金」
肺は胸にあります。鼻を通じて外界と繋がっているため、季節の移り変わりや気候の変化に敏感です。肺は清浄を好むため、静粛で美しい金の特性に属します。六腑のうち大腸と表裏関係にあります。
主な働きは以下の通りです。
・呼吸と気を司る
肺は呼吸と全身の気を司っています。
気の昇降出入を調節し、五臓六腑の働きを正常にします。
・宣発(せんぱつ)と粛降(しゅくこう)を司る
宣発は息を吐くことで体内の気を外に発散させることで、粛降は息を吸い込むことで気を下におろして全身に巡らせます。
・全身の脈が集合するところ
全身の血脈は肺に集まり、呼吸によって気体交換が行われます。
新鮮な気血は全身をめぐります。
・華が皮毛(ひもう)に現れる
皮膚は肺の宣発粛降の働きと関連が深く、肌の潤いを見れば肺の状態が分かります。
・鼻に通じる
肺気によって嗅覚が鋭くなり、声の大きさや通りが正常になります。
・液体は涕(てい=はなみずのこと)
鼻水は肺の液体で鼻を潤し、保護します。
憂・悲と肺
悲しみや憂いが強いと気が滞り、肺を傷めます。
水の特性
水は命を潤します。冷たい性質で高い所から低い所へ流れる特徴があります。
「腎と膀胱」と「水」
腎は腰にあります。腎は五臓六腑の働きの原動力であり、性機能、呼吸、水の代謝とも深い関わりがあります。腎は水を綺麗な水と汚い水とに分け、綺麗な水を体に戻して潤しますので水の特性に属します。六腑のうち膀胱と表裏関係にあります。
主な働きは以下の通りです。
・蔵精を司る
精は気のことです。遺伝で受け継いだ先天の精を脾の水穀精微の働きによって後天の精を得て貯蔵します。
・成長、発育、生殖を促進する
腎精には体を成長させ、生殖能力を促す働きがあります。
人が成熟し老化をするのは、腎精の働きによるものです。
・髄を生成して骨を滋養し、脳に繋がり、歯に関わる
腎精から髄が生成され、髄は骨を丈夫にします。脳も髄によって充実、発育、成熟します。
歯も骨と同じく髄によって養われているので、腎が健康だと歯も丈夫になります。
・水を司る
腎気の作用により、水を巡らせて必要なものは再吸収し、不要なものは尿として排出をしています。
・華が髪に現れる
腎の働きが良いと髪の毛が長く伸びて量も増え、ツヤのある髪になります。
・耳と生殖器に通じる
腎精が充実すると脳髄が充実するため、耳にも栄養が行き、聴力が鋭くなります。
さらに、生殖器官の発育も順調になり生殖機能も高まります。
・液体は唾(つば)
唾は腎精により生成されます。口を潤し消化を促します。
恐・驚と腎
恐怖や驚きは腎を傷つけます。
五行の関係性
木・火・土・金・水は互いに相生・相剋、相乗・相侮という関係性があります。五行のこの関連に従って、肝・心・脾・肺・腎も働いています。人の健康にあっては相生・相剋の関係が正常な関係とされ、相乗・相侮がバランスを崩して不調を生じる関係となります。
相生(そうせい)
相生とは、木・火・土・金・水がお互いに物事が進むように促し、相互に成長するという意味です。イメージとしては大きな1つの円を作っている状態になります。
木は燃えて火を生み出す(木生火)→火が燃えて灰(土)を生み出し(火生土)→土は金を埋蔵し(土生金)→金の鉱脈の近くには必ず水脈があり(金生水)→水は木を成長させます(水生木)
臓腑でいえば、肝生心・心生脾・脾生肺・肺生腎・腎生肝となります。例えば、肝の血によって心を潤します。
相剋(そうこく)
相剋とは勝つことで、制約・抑制をする関係を意味します。勝つというと健康なイメージではないかもしれませんが、関連する臓腑の働きが強く出てしまった場合に、相剋の関係の臓腑の働きを漢方で助けることによって、抑制をします。
木剋土・火剋金・土剋水・金剋木・水剋火となります。
臓腑でいえば、肝剋脾・心剋肺・脾剋腎・肺剋肝・腎剋心となります。例えば、心は肺を調節する作用をもちます。
相乗(そうじょう)
相乗とは倍以上勝つこと、相克しすぎることを意味します。抑制によって均衡を保つ相剋に比べると相乗は関連する臓腑の働きを圧倒してしまうため、バランスを崩して不調の原因となります。
木乗土・火乗金・土乗水・金乗木・水乗火となります。
臓腑でいえば、肝乗火・心乗肺・脾乗腎・肺乗肝・腎乗肝となります。例えば、腎の水が溢れると心の火が不足します。
相侮(そうぶ)
相侮とは相剋関係の逆で、関連する臓腑の働きを不足させたり消耗させてしまう関係です。
土侮木・金侮火・水侮土・木侮金・火侮水となります。
臓腑でいえば、脾侮肝・肺侮心・腎侮脾・肝侮肺・心侮腎となります。例えば、心の火が旺盛になると腎の水を消耗してしまいます。
陰陽と五行と気血水の違い
陰陽は八綱弁証(はちこうべんしょう)の1つで証とは診立てを意味します。それぞれが病気を診断する材料として何を指しているかという観点で見ることが大切です。また、気血水は健康を支える3つの柱のうちどれがバランスを崩しているかを突き止める意味合いがありますが、五行では臓腑の関係性からどの臓腑の働きを助ける漢方を処方するかを見極めるポイントにもなります。
陰陽は病気の「病態」
陰陽で分かる病気の情報は鼻水やくしゃみが出ている、どこかにしこりがある、出血をしている、顔色が悪いといったその人の容態を表します。
五行は病気に「罹患している部位」
五行は五臓六腑と関連しているので、その病気の症状が出ている部位を指します。
気血水は病気の「原因」
気血水はその人の元々の体質と、例えば外からの環境によって病気にかかったのか、内側に疾患があるのかといった病気や症状の原因を指します。
陰陽説と五行説
五行説は先に触れてきましたが、五行説よりも広い概念に「陰陽説」があります。すべての事象は陰陽に分類することが出来、男女、昼夜というように対立し、かつ相互に影響し合いながら一つのものを支えているという考え方です。五行説では五臓六腑が五行と対応しており病気の部位が分かるとご紹介しましたが、陰陽説では常に移り変わる環境と体の調和が重要になります。
陰陽という概念
韓国の国旗は太極旗(たいきょくき=韓国語ではテグッキ)と呼ばれ、中央に「太極」を表す陰陽魚(いんようぎょ)が描かれています。また、中国の国旗は五星紅旗(ごせいこうき)と呼ばれ、紅の国旗に黄色の五光星が描かれていますが、「五」という数字は五行からくる概念です。
日本でも七夕の短冊の色や端午の節句の鯉のぼりについている吹き流しの色にも「五色(ごしき)」と言って、五行に対応する色が使われています。このように、東洋では各国の思想や哲学がお互いの国に取り入れられ、独自の進化を遂げてきました。漢方も日本に入ってきてから日本の気候や環境、日本人の体質に合わせて進化をしてきましたが、大元は中医学に端を発しています。
中国では古くから自然界の変化や規則性を観察することで、その働きによってすべては陰と陽に分けることが出来ると考えました。ですが、陰陽魚のように裏と表の対立した関係でもあれば、二つで一つという切り離せない考え方でもあります。どちらが優位かということではなく、両者がバランスをとり融合して調和をしていることを示しています。
陰陽の基本的な考え方
陰陽を簡単に説明するならば、陽は太陽のようなイメージです。
「温かい・明るい・日の当たる南・昼・春」といった事象が陽に属します。
陰は月のようなイメージです。
「寒い・暗い・日の当たらない陰・夜・秋」といった事象が陰に属します。
例えば人体を陰陽で分けると体の表面を陽、内臓などの内側を陰とします。体の調子が悪いと「ツボを押す」という人も少なくないと思いますが、ツボは中医学では「経穴(けいけつ)」といいます。経絡(けいらく)の流れに沿って気が流れ、経穴で体の内と外の気を入れ替えています。これが双方向に100%ずつであれば健康ですが、取り入れすぎたり、排出しすぎてシーソーのバランスが傾くと不調をきたすという考え方です。このように陰と陽は単に対立した関係ではありません。
陰陽の対立制約(対立)
月と日のように相互に対立しながらも統一されバランスを取っています。これを対立制約といいます。
陰陽の互根互用(依存)
天がなければ地は存在しません。男性と女性がいて人類は繁栄を遂げます。このようにどちらが欠けても成り立たない、互いの存在が互いの存在に依存している関係を互根互用といいます。
陰陽の消長平衡(消長)
1日を考えると朝日が昇り一日が始まると陽が成長し、夕方になると日が沈んで陽は消失して陰が強くなります。このように陰陽の消長により昼と夜が分けられることを消長平衡といいます。
陰陽の相互転化(転化)
消長平衡により陰と陽のボリュームは常に変化をしています。このボリュームが変化することを転化といい、例えば一年で考えると春分から陽が長くなり秋分から陽が短くなるので、春分や秋分などを「転化の境目(てんかのさかいめ)」といいます。
陰陽における事象の分類
先に触れた通り、陰と陽は互いに消長や転化をしながら変化をしています。あくまで相関の関係なので、例えば太陽と月は太陽が陽で月が陰になりますが、月と星の場合は月が陽となり星が陰となります。ここから各事象を陰と陽に分類しますが、これを丸ごと覚えることにはあまり意味がありません。ただし、自然界と似た「働き」で分けているので、イメージで掴むことが大切です。
事象の分類
陰・・・地、秋冬、夜、女、寒い、暗、静、下、内
陽・・・天、春夏、昼、男、暑い、明、動、上、外
人体の分類
陰・・・裏、下半身、腹部、五臓、血水、低、抑制、衰退
陽・・・表、上半身、背部、六腑、気、 高、興奮、亢進
八綱弁証上の分類
別ページの【丸ごと分かる気血水論】でも触れましたが、漢方医学では患者の体調を診断する際に五行説と関連している五臓は病気がどの部位に出ているかを把握するのに重要なポイントになります。
陰・・・裏証、虚証、寒証
陽・・・表証、実証、熱証
五行を抑えて臓腑を養い健康に
今回の記事でご紹介してきた通り、五行は自然界をその働きによって5つに分類するものでした。
臓腑もその働きによって五行に分類されますが、五行はお互いに関連しあうので、相生・相剋を漢方で手助けすることによって体が本来の巡りを取り戻すように処方されています。気血水もそうですが、あなたの体質とともに不調が起こっている原因を確かめ、オーダーメイドであなたの不調を和らげる漢方を選ぶことが大切になります。