乳房切除後疼痛症候群(PMPS)とは?乳がんの手術後の痛みと緩和ケア
乳がんは働き盛りの40代、50代にも発症者が多く、女性にとって気になるがんだと思います。
ここでは、乳がんに伴うさまざまな痛みや乳房切除後疼痛症候群(PMPS)を取り上げ、どのような場合に痛みが生じるのか、また、痛みに対してどのような治療が行われるのかを詳しく解説します。
目次
乳がんは初期症状で”痛み”を感じにくい?
乳がんはおよそ90%の人が痛みを感じない乳房腫瘤です。言い換えると、乳がんのうち痛みを感じるのは約10%程度と少なく、さらに乳がんで乳房のみの痛みを感じた方は約1%と非常に少なくなります。痛みを感じた方は乳房以外の痛みを感じて受診した結果、乳がんと診断されているという訳です。
乳がんを自分自身で感じて受診する方のほとんどは「しこり」を触って気になったからという方です。しこりも場所によっては触れにくく、検診をしていないとかなり進行してからようやく気づくという場合も多いのです。乳がん検診をこまめに受けることが大切です。
反対に、乳房の痛みを感じた場合、多くはがんではなく、乳腺炎などの他の病気であることが多いです。しかし、前述の通り乳がんのうち約10%は痛みがあるので、「痛みがあるからがんではない」とは言えません。気になったら病院を受診するようにしましょう。
乳がん検診の痛み
乳がんができて痛みが出ることもありますが、乳がんなど疾患がなくても乳がん検査では痛みが生じることがあります。
マンモグラフィとは
乳がん検診の中でも痛みを伴うことがある検査はマンモグラフィです。マンモグラフィ検査とは乳房専用のレントゲン検査のことです。
通常のレントゲン検査では、内臓などの影に隠れて乳房の異常は中々見つけることができませんから、乳がんを見つけるためにマンモグラフィでは圧迫版で乳房を挟んで薄く広げることで撮影を行います。
乳房を薄く広げることで病変が鮮明に映し出されるだけではなく被曝線量を少なくすることも可能となります。
乳がん検診にはいくつかの種類がありますが、その中でマンモグラフィは乳がんの死亡率低下が証明されている検査です。
マンモグラフィで見るのは、おもに石灰化病変です。石灰化は正常でも起こってきますが、乳がんでも石灰化が起こる事があります。このような石灰化の形状や個数、広がり方、しこりがある場合はその形状などをみて悪性を疑った方が良いかを判断します。
痛みを感じやすい高濃度乳房
マンモグラフィ検査では二枚の圧迫板で乳房を挟んで薄く広げて撮影するため、痛みや圧迫感を感じることがあります。見逃しを減らすためには乳房をできるだけ薄くすることが必要とされています。
この圧迫によって痛みを感じるのは胸の大小はあまり関係が無く、主に乳腺が多い人になります。20代から30代の人は乳腺の量が多いため、検査時に痛みを感じやすいとされているのです。
ただし、痛みを感じやすいと言っても撮影も数秒から長くても1分程度ですから、過度に心配する必要はありません。
乳がんで痛みを感じるケース
乳がんで痛みを感じるのはどのような場合でしょうか。
乳房自体の痛みを感じて乳がんと診断される場合など、乳がんが進行して皮膚や周囲の組織の痛覚を感じる部分に至ることで痛みを感じることもあります。
しかし、多くの場合は次に見ていくように腫瘍の浸潤や転移によっておこる痛みになります。
転移や腫瘍の浸潤による痛み
乳がんの内、一部のものは浸潤傾向を見せないことから経過観察となることがありますが、浸潤するタイプの乳がんは比較的早期に転移を来します。
乳房にはリンパ管が多くあり、リンパ管にがんが浸潤するとリンパ管を通って全身へとがん細胞が広がっていきます。血管を通して広がっていく場合もあります。
乳房からのリンパ管は、一度脇の部分にあるリンパ節(腋窩リンパ節)へと流れ込み、そこから静脈を通って全身へとリンパ液は流れていきます。そのため、腋窩リンパ節に腫瘍細胞があるかないかで予後が大きく異なります。乳がん手術の際には腋窩リンパ節を取ってそこにがん細胞があるかないかを確認します。
乳がんの転移先として多いのは骨です。特に脊椎の骨に転移することが多く、他には上腕骨、肋骨、胸骨などに転移することが多くなります。転移先の骨では押したり動かしたりすると痛みを感じます。
脊椎の場合は体を動かしたり立ったりすることで骨が圧迫されたり動かされたりしますから、立ったり歩いたりするだけでも痛みを感じるようになります。肋骨や胸骨の転移では、呼吸による痛みを感じることもあり、生活の質(QOL)を落とします。
なお、乳がんは肺や肝臓など内臓にも転移しますが、この場合初期にはあまり痛みを感じません。腫瘍が転移先で増大し、種々の臓器や血管を圧迫してくるとそれに伴った症状が出現することになります。
手術後の痛み
乳がんでは治療のために切除手術を行うことがあります。術後の痛みは手術によって切開された痛みの他に、ドレーンといって血液や膿がたまらないように術後挿入しておく管の痛み、術後痛みをかばうために普段とは違う体勢を取ったことによる筋肉痛や背骨の痛みなどがあります。
これらの痛みは通常であれば1日もすれば内服の痛み止めで抑えられる程度の痛みとなることがほとんどです。最近では麻酔の際に神経ブロックを併用することが多く、手術直後には全く痛みを感じないこともあります。
神経ブロックにより手術がしにくくなる場合もあるため、神経ブロックではなく点滴からの痛み止めで術後の痛みに対応している施設もあります。
乳がんの術後には、慢性的に胸部からわき、上腕(特に二の腕)にかけての痛み、違和感、しびれなどを感じることがあります。これは後述するように乳房切除後疼痛症候群と呼ばれ、多くの方が感じる痛みです。
こうした痛みは手術時に神経を切除してしまうことによって起こるといわれています。また、65歳未満の若年の方や乳房温存術を受けられた方、腋窩リンパ節を郭清(周囲の組織も含めてリンパ節を一塊として摘出)された方、手術前からの痛みが強かった方、手術後すぐから痛みを感じた方、放射線治療をされた方などに痛みが生じる傾向があります。
乳房切除後疼痛症候群(PMPS)とは
乳がんと診断され、手術を受けた場合、乳房切除後疼痛症候群と呼ばれる痛みが長期にわたって起こってくる事があります。
乳房切除後疼痛症候群の症状
通常、手術の後は3日から1週間は傷口がズキズキした痛みがあります。これは傷口の治癒過程で特に問題があるものではありません。
その疼痛が去ると、だんだんと乳房の皮膚や上腕の内側、時には背中の辺りまで感覚が麻痺して自分の皮膚ではないように感じることがあります。これを麻痺期と言います。
麻痺期を過ぎると、乳腺を切除したところと周囲の脂肪を残したところの境目からピリピリ、チクチクした感じやむずがゆい感じが起こってきます。これは、神経の再生に伴う痛みです。再生した神経は過敏なので、ちょっと触っただけでも、あるいは触らなくても症状を感じるのです。
このような時期を経過したあとに、何も症状のない時期がやってくるのが普通です。
しかし乳がん手術を経験し、再発のない患者さんの約2割は乳がん手術後の慢性的な痛みに悩んでいるとされています。この症状の事を乳房切除後疼痛症候群と呼びます。
乳房切除後疼痛症候群では、手術した側の乳房や脇の下、上腕の内側にヒリヒリ、チリチリした痛みを感じることになります。ひどくなると下着や衣服がすれただけでも痛みが増し、日常生活に支障を来すこともあります。
神経障害性疼痛との関係
乳房切除後疼痛症候群は、多くの場合乳がん手術によって切断される肋間上腕神経障害によるものと考えられています。そのため、痛みの種類もヒリヒリ、チリチリといった神経障害性疼痛に特徴的な痛みが出てくるのです。
治療法も、一般的な痛み止めは中々効果がありません。神経障害性疼痛によく使われる抗うつ薬や抗てんかん薬などの薬が比較的効果的です。それらの薬を使用しても中々改善しない場合には神経障害性疼痛の専門科であるペインクリニックの医師による治療が適応になることも多くあります。
乳がんの緩和ケア
乳がんに伴う痛みに対するケア方法を見ていきましょう。
手術後の痛みに対するケア
乳がんの術後早期の痛みに対しては前述の通り1~2日程度は痛み止めを使用して管理します。神経ブロックも併用すると、より痛みを感じにくくなります。
ドレーンを挿入していても、特に問題が無ければ翌日には抜去することがほとんどです。ドレーン刺入に伴う痛みもドレーンを抜去してしまえばほとんど無くなってしまいますから、やはり翌日から翌々日ぐらいには痛みが無くなることがほとんどです。
しかし、乳房切除後疼痛症候群を発症した場合は長期にわたり治療を必要とすることがあります。特に神経を傷害したことが原因と思われる痛みは神経障害性疼痛となり、ジンジンしたような痛みが長く続きます。
しかも、このような痛みは通常使用される痛み止めがあまり効かないことが多く、鎮痛コントロールに難渋することになります。神経障害性疼痛に対応した内服薬を内服したり、神経の痛みを抑えるために神経ブロックを行ったりすることもあります。
神経ブロックは痛みを伝える神経の周りに局所麻酔薬を散布することで神経を一時的に麻痺させる治療法です。1回だけのブロックでは神経が一時的に麻痺して、薬剤の効果が切れると再度痛みが出現してくることが多いのですが、何回も繰り返すことで神経自体の痛みの伝達が徐々に改善され、痛みを感じにくくなることが期待できます。
また、乳房切除後疼痛症候群は神経障害以外にも、傷口を修復する際に炎症が長引き、異常な血管が新生することで疼痛が続く機序も指摘されています。異常な血管により炎症が長引いて痛みが持続していることもあり、そのような場合には血管内にカテーテルを通し、異常な血管を詰めてしまうことで血流をなくし、痛みを抑えることができる場合があります。
転移に対する緩和ケア
がんが転移すると、転移先それぞれで痛みをはじめとした症状が生じます。
骨転移に対しては、放射線療法が非常に有効です。放射線により腫瘍が増大することを防ぎ、骨の中の圧が上がって痛みを感じることを防いでくれます。
脳転移も同じように放射線治療の適応となる場合があります。肝臓の場合は腫瘍に栄養を送る血管を塞栓することで腫瘍の増大を防ぎ、症状を抑えることもできます。一部の転移巣に対する鎮痛法として、こちらでも神経ブロックが有効な場合もあります。
局所の治療に加えて鎮痛薬を全身に投与することで痛みを抑えることも合わせて行います。先ずは一般的な鎮痛薬から、痛みが強くなれば麻薬を弱いもの少量から徐々に増やすことで対応していきます。
薬剤が増えすぎると副作用が増えてくるので、それぞれの副作用に応じた薬剤を使用することで痛みが少なく、できるだけ副作用が少ない状態を目指し、日常生活を送れるようにします。
いずれにしても、痛みがある場合は主治医に相談し、必要に応じて専門医に紹介してもらうと良いでしょう。