鼠径部のリンパ節の痛み・腫れ・しこりで疑われる病気と受診先
足の付け根のことを鼠径部と言います。ときおり、その鼠径部にぐりぐりとした腫脹がみられることがあります。多くの場合、それはリンパ節が腫れていることによる症状です。
なぜそのようなことが起こるのでしょうか? ここでは鼠径部のリンパ節に関する疑問点について解説します。
目次
鼠径部リンパ節の役割
鼠径部リンパ節とは、足の付け根にあるリンパ節のことをまとめて呼びます。では、このリンパ節とはどのような役割を担っているのでしょうか。
リンパ液とは?
人の体の中でも、水分の巡りは非常に重要な役割を果たしています。細胞に酸素や栄養素を供給し、老廃物や二酸化炭素を回収して排出するために、水は常に体内を循環しています。
この循環を主に担っているのが動脈と静脈です。心臓によって送り出された動脈血には酸素が多く含まれます。そして、体の各部分へ行き着くと分岐して毛細血管となって隅々まで血液を送ります。そして毛細血管は再び集まって静脈となり、心臓に帰っていきます。
動脈や静脈には分厚い壁があり、水分などさまざまな物質を体中に確実に送り届けます。しかし一方で、毛細血管には水が出入り自由な穴がたくさん存在します。この穴は血球成分や大きな分子量の物質が出入りできない程度の穴です。
この穴から水分やちいさな分子量の栄養素などは血管外へと漏れ出します。この血管外のことを間質といいます。間質には栄養や電解質が血管から供給され、それらの栄養や電解質がさまざまな細胞へと供給されるのです。
また、さまざまな細胞からは老廃物が間質へと排出され、水の流れに従って多くは静脈へと入り、体外へと排出されていきます。
しかし、間質の水分全てが静脈に流れ込むわけではありません。水分全体の流れが滞っている場合や、静脈内の水分量が多い場合などは間質から静脈に水分が流れ込みにくくなり、間質に水分が貯留しやすくなります。このような水分をリンパ液というのです。
リンパ管とは?
このような、リンパ液を回収して流していくのがリンパ管の役割です。リンパ管は全身のあらゆる場所に存在しています。そして、リンパ管はだんだんと集まりながら太くなっていきます。
末梢のリンパ管は非常に細く、顕微鏡でやっと見られるぐらいの細いものです。
しかし、だんだんと中枢に向かって集まってくるに従って太くなります。最も太いリンパ管は胸管という特別な名前で呼ばれるもので、だいたい5mmぐらいの太さがあります。
リンパ節とは?
リンパ液はそのまま流れているのではなく、全身の各所でリンパ節に流れ込みます。リンパ節には各所から集まってきたリンパ管がつながるとともに、さらに体の中枢へと向かうリンパ管が出ていて、リンパ液の関所のような役割を果たしています。
このように、リンパ節には全身の各所から流れてきたリンパ液が集まりますから、体に感染した病原菌もリンパ節を通過することになります。そのため、リンパ節にはリンパ球という免疫細胞が大量に存在し、病原菌が通過しようとした際にはすぐに反応して対応できるようになっています。
どのような時にリンパ節は腫脹するの?
全身にあるリンパ節が腫脹するのはどのような場合でしょうか?
例えば、多くの病原菌が入り込んできた場合には、感染が全身に広がってはいけませんからリンパ球が増殖して対応しようとします。細菌も増殖し、これに対応するリンパ球も増殖しますから、それらが含まれるリンパ節自体も大きくなります。また、免疫反応によって炎症が起こると痛みも起こってくることがあります。
その他、種々の理由で免疫反応が亢進した場合にもリンパ節でリンパ球が増殖してきますから、腫脹することがあります。
また、悪性腫瘍がある場合、腫瘍が増殖してリンパ管内に入ってしまうと、リンパ管に沿って腫瘍細胞がリンパ節にやってきます。リンパ節の中でも悪性腫瘍の細胞は増殖しますから、それに伴ってリンパ節も腫大します。
鼠径部リンパ節はどのような役割を果たすの?
鼠径部のリンパ節には、下肢や性器周辺からリンパ液が流れ込んできます。
下肢は重力の関係から水分が貯留しやすいため、リンパ液もうっ滞しがちです。うっ滞するという事は、病原菌が集まりやすく、その場で増殖しやすいと言う事になりますから、足は間質の感染症が起こりやすい場所と言えます。
そして、そのような感染症が起こると、リンパ液が向かう先である鼠径部のリンパ節が腫れやすくなります。
また、性器からのリンパ液も鼠径部リンパ節には流入します。そのため、性感染症でも鼠径部リンパ節は腫脹をきたします。
他のリンパ節に比べて、鼠径部リンパ節は比較的大きく、また体表に近い部分にあるため腫脹がわかりやすいリンパ節となっています。
鼠径部のリンパ節の痛み・腫れ・しこりで疑われる病気
鼠径部のリンパ節が腫脹するとき、どのような病気が考えられるのでしょうか。代表的なものを紹介していきましょう。
リンパ管炎
リンパ管炎というのは、リンパ管に感染が起こってしまう病気です。多くの場合、細菌がリンパ管に入り込むことによって起こります。
前述の通り、下肢は間質の感染症が起こりやすい場所です。これらの感染症の原因は細菌である事が多く、間質で増殖した細菌はリンパ管を通ってリンパ節へと向かっていきます。
その道中であるリンパ管自体にも細菌は感染して増殖しますから、リンパ管の炎症、すなわちリンパ管炎が起こります。
リンパ管炎の症状としては、リンパ管の流れに沿って炎症が起こってくるので、皮膚表面から見ると炎症に伴う赤い筋が鼠径部に向かって見えることがあります。また、触ると痛みを感じることもあります。
このようにリンパ管自体に炎症が起こっている場合は、細菌はリンパ節にも入り込みますから、リンパ節でも炎症が起こります。リンパ節の中に細菌が入り込むとそこで細菌も増殖しますし、リンパ球も増殖しますからリンパ節は腫大します。また、炎症を反映して熱感を持ったり、痛みを感じたりもするでしょう。
治療は抗生剤の投与になります。
自己免疫疾患
免疫は、自分以外の異物に対して対抗するための防衛反応です。しかし、自己免疫疾患は、免疫細胞が自分と自分以外の区別をつけられなくなってしまい、暴走を起こす疾患です。
このような疾患の場合、免疫が異常に活性化されますから、免疫細胞であるリンパ球も増殖し、リンパ球が多く存在するリンパ節も腫脹することがあります
腫脹するリンパ節はさまざまな場所のリンパ節が対象になりますが、鼠径部リンパ節も例外ではありません。前述の様に、鼠径部リンパ節は腫脹した場合に触れやすいリンパ節ですから、自己免疫疾患の初期から触れることも多くあります。
リンパ節腫脹をきたす自己免疫疾患としては全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、若年性特発性関節炎、IgG4関連疾患などの病気が挙げられます。
性感染症
性器からのリンパ管は鼠径部リンパ節に流入しますから、性器の感染症が起こると鼠径部リンパ節が腫脹してきます。さまざまな性感染症・性器感染症で鼠径部リンパ節腫脹が起こります。
よく鼠径部リンパ節腫脹を起こす性感染症としては、軟性下疳(なんせいげかん)があります。あまり聞き慣れない病気かと思いますが、先進国では非常に稀な病気で、不衛生な環境が原因となります。軟性下疳菌という菌が、性行為によって感染する感染症です。性器や肛門付近に水疱ができ、破れて潰瘍化します。このときに鼠径部のリンパ節を押すと痛みが生じ、腫大してきます。
他にも、一般によく言われるクラミジア感染症、淋菌感染症、梅毒などの性感染症で鼠径部のリンパ節腫脹がおこってきます。
悪性リンパ腫
悪性リンパ腫というのは、リンパ球が悪性腫瘍となって増殖する病気です。リンパ球にも種類がいくつかあるため、悪性リンパ腫もいくつか種類があるのですが、どのリンパ腫でもリンパ球はリンパ節で増殖を始めます。
リンパ腫が増殖するリンパ節は全身どのリンパ節でも起こりえます。最初は一か所のリンパ節で増殖し始めますが、だんだんと全身のさまざまな場所でリンパ節が腫脹してくることもあります。
鼠径部リンパ節は最初にリンパ節が増殖する場所としてはやや頻度が低いですが、先ほどから解説しているとおり体表に近く触れやすいリンパ節ですから、鼠径部リンパ節を大きく触れることで悪性リンパ腫に気づくこともあります。
悪性リンパ腫の際のリンパ節は、炎症が起こることで痛みを感じることもありますが、無痛性の場合もあります。また、腫瘍細胞が高密度で増殖するので、非常に固いのが特徴です。
子宮内膜症
子宮内膜症で鼠径部リンパ節が腫脹することは非常に稀ではあるものの時々見られます。
子宮内膜症というのは、子宮内膜と同じ組織が子宮内膜以外の場所で増殖する病気です。多くの場合は卵巣の中で増殖したり、骨盤内で増殖したりします。何らかの理由でそのような子宮内膜組織がリンパ管を通って鼠径部リンパ節に至り、そこで増殖することでリンパ節腫脹をきたします。
このリンパ節腫脹には、痛みを伴い、生理の周期にあわせて大きくなったり小さくなったりするという特徴があります。
他にもある鼠径部の腫れや痛みの原因になる病気
鼠径部が腫れる病気は、リンパ節が腫れるだけではありません。他にも様々な病気によって、鼠径部の腫れが出てきます。
鼠径ヘルニア
ヘルニアは「飛び出す」という意味を持った言葉です。鼠径ヘルニアは、鼠径部にお腹の中から腸管や脂肪組織などが飛び出してくることによって起こってくる病気です。一般的に脱腸とも呼ばれます。
もともとお腹の中は、腹膜という袋に包まれています。腹膜はそれ自体が膜として働きますが、やや弱く、容易に引き伸ばされる組織です。そのため、鼠径部では腹膜が飛び出してこないように筋肉がカバーをしています。
しかし、筋肉同士がくっついているわけではありませんから、どうしても隙間ができます。隙間の部分は組織が弱く、腹膜の一部が入り込み、袋状のスペースができることがあります。この袋状の組織の中に、腹膜の中に入っている腸管や脂肪組織などが飛び出してくることによって鼠径ヘルニアが起こります。
鼠径ヘルニアが起こりやすいのは、筋肉と筋肉の隙間がやや開きがちな男性です。乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層で発症します。初めは鼠径部に腫れができるだけです。腫れは、特に立った時に重力によって腸管が脱出し大きくなるのを認めることが多いです。
放置する人もいるのですが、時々、はまり込んだ腸管やその他の組織がはまり込んだまま抜けなくなる嵌頓(かんとん)という状態になることがあります。嵌頓になると、鼠径部を押しても脱出してきた組織が元に戻らなくなり、腸閉塞を起こしたり、腸自体が壊死するリスクがあるので、緊急の手術が必要になります。
ヌック管水腫
ヌック管水腫は、鼠径部にあるヌック管という管に液体がたまることによって、しこりに触れる状態を言います。軽い痛みを伴うこともあります。
ヌック管は通常であれば1歳頃までには閉鎖し、大人で見ることはありません。しかし、時々成人になっても残り、水腫を引き起こすことがあります。
鼠径ヘルニアと同じように体勢によって腫れ方が変わってくることがあります。一方、ヘルニアとは違い、押しても引っ込むことがないのが特徴です。
症状が軽い場合には経過観察も選ばれますが、子宮内膜症が関連している場合には手術が選択されます。
皮下腫瘤
鼠径部の皮膚に腫瘍ができた場合には鼠径部の腫れとして触れます。
多く見られるのは、脂肪腫や粉瘤といった良性腫瘍です。経過観察でもいいですが、大きい場合や、感染を起こして赤く腫れているような場合には手術が必要です。
軟部腫瘍・膿瘍
皮膚よりもさらに深い場所で腫瘍が発生して、腫れとして触れることがあります。また感染によって、膿の塊ができて、それが触れる場合もあります。特に膿がたまる膿瘍の場合には、切開して中の膿を排出しなければ悪化する可能性がありますので早めに受診する必要があります。
鼠径部のリンパ節に異常があるときの受診先は?
まずはその腫脹が鼠径部リンパ節のものなのかどうかを考えます。
鼠径部の腫脹をきたす病気には他に鼠径ヘルニアをはじめとした各種ヘルニアが考えられます。これは、腹部内臓や内臓脂肪がお腹の中にとどまらず、鼠径部などに脱出してくる病気です。基本的には柔らかいものですから、「球状のぐりぐりが触れる」といったリンパ節らしくない触れ方をしている場合には消化器科を受診し、ヘルニアかどうかを見てもらいましょう。
「球状のぐりぐりが触れる」のであれば、リンパ節が触れている可能性が高くなります。このときには、他の症状も合わせて受診する診療科が決まります。
性感染症が明らかにありそうな場合には泌尿器科や婦人科の受診になります。
下腿に腫脹や赤み、痛みなどがあり感染症が疑われる場合は皮膚科を受診しましょう。
その他、原因が分からずリンパ節腫脹がおこっている場合は内科が選択肢になります。迷った場合はとりあえず内科を受診すると考えても良いと思います。
鼠径部リンパ節腫脹をきたす種々の病気は早期に治療をすることで治りが早いことが多くあります。何かおかしいと思ったら早めに受診することをオススメします。