脊髄くも膜下麻酔(脊髄麻酔)とは?適応と術後の過ごし方
これから手術を受けようとされる方は、手術の内容はもちろんですが、麻酔についても気になることがあるでしょう。特に下半身麻酔で行うと言われると、どのように麻酔をするのか、手術中は意識があるのか、合併症はあるのかなど、気になることがたくさんあると思います。ここでは、そんな脊髄くも膜下麻酔について解説します。
目次
脊髄くも膜下麻酔(脊髄麻酔、腰椎麻酔)とは
一般に言われる下半身麻酔は正式名称を脊髄くも膜下麻酔といい、脊髄麻酔や腰椎麻酔とも呼ばれます。脊髄くも膜下麻酔はどのような仕組みで麻酔を行うのでしょうか。
麻酔の働き
麻酔は、主に手術をするために行うものです。痛みを取ることはもちろんですが、それだけではなく、手術をする場所が動かないようにすることが手術のために必要になります。
人の体は、脳から繋がる神経の伝達によって運動を支配したり、感覚を感じたりしていますから、それらの伝達経路のどこかでブロックをすることで手術する場所が動かなくなり、また痛みを感じなくなります。そのための方法が麻酔になります。
麻酔をする場合は、上記の様に脳からつながる神経伝達のどこかをブロックすることで行われます。脊髄くも膜下麻酔は、その名の通り脊髄の部分で神経伝達をブロックし、麻酔効果を得ます。
脊髄くも膜下麻酔を可能にする解剖学的特徴
脊髄くも膜下麻酔は、脊髄そのものに注射をする訳ではありません。脊髄は神経の塊ですから、針を当てると神経が損傷を受けてしまい、永続的にしびれが残ったり、麻痺が残ったりしてしまうことがあります。では、どのようにして麻酔をするのでしょうか。
脊髄はくも膜という膜に包まれています。しかし、ぴったりと包まれているのではなく、くも膜の中には脳脊髄液という液がためられています。脊髄は、この脳脊髄液の中に浮かぶように存在しているのです。
また、脊髄は脊椎という、いわゆる背骨の中に包まれています。しかし、背骨の下の方まで脊髄が伸びているわけではありません。脊髄はだいたい1番目の腰椎付近のところまでで終わっています。しかし一方で、くも膜自体は4番目の腰椎付近のところまで存在しています。
ですので、腰椎の1番目から4番目ぐらいのところは、脳脊髄液が包まれたくも膜は存在するものの、その中には脊髄がない場所となるのです。
ですので、この付近に針を挿入すると、脊髄に針が当たることなくくも膜下に針を届けることができることになります。
脊髄くも膜下麻酔の実際
このように、くも膜下腔には腰椎3番ぐらいの場所で穿刺をすると、安全に針を挿入することができます。針が目的のところまで届いたら、局所麻酔薬を注入します。この局所麻酔薬は多くの場合、脳脊髄液よりも比重が重い局所麻酔薬を使用します。これは、麻酔の効いている範囲をコントロールするためです。
人の脊椎は生理的に彎曲しています。腰の辺りでは前方に凸、胸椎のところでは後方に凸、頸椎の辺りで前方に凸になっています。そのため、腰に比重の高い液体を入れると、仰向けで寝たときには重力に従って胸椎の最も低い場所まで局所麻酔薬が広がっていきます。
しかし、ある程度まで流れていくと、それ以上首に近い方へは重力に逆らって広がっていくことはありませんから、麻酔の広がりすぎを防ぐことができるのです。
また、手術の内容によっては片方にだけ効かせたり、お尻の部分にだけ効かせたりしたいということもあります。片方にだけ効かせたいなら、効かせたい側を下にして寝ていれば、そちら側にのみ局所麻酔薬が貯留し、麻酔がかかる一方で、上側には麻酔薬が効きませんから麻酔がかからなくなります。お尻にだけ麻酔をしたいのであれば、座った状態で麻酔をすることでお尻に行く神経だけに麻酔を効かせることができます。
ただし、特殊な場合に比重の軽い局所麻酔薬を使用する場合もあります。このような場合、麻酔の効果範囲のコントロールが非常に難しくなりますから、麻酔科医の高い技術が求められます。
局所麻酔薬が届くと、その部分の脊髄が麻痺し、痛みを感じなくなり、筋肉を動かせなくなります。このようにして、麻酔を効かせるのです。
なお、針を刺す前には皮膚に局所麻酔をしますから、局所麻酔さえしてしまえば痛みを感じることはほとんどありません。稀に神経に当たってビリッとした痛みが起こることがありますが、それもわずかです。
手術中の意識
脊髄くも膜下麻酔は、基本的には下半身に至る神経をブロックするだけで、脳には影響しませんから、手術中にも意識があることがほとんどです。
ただし、麻酔科医が管理をしている場合や、慣れた整形外科医が管理をする場合は、鎮静薬を併用することで寝た状態で手術を受けることも可能です。
この場合、鎮静薬が呼吸や血圧にも影響しますので、常にこれらの状態を監視する必要があるため、麻酔の専門医や熟練した技術が必要となります。
脊髄くも膜下麻酔の適応
脊髄くも膜下麻酔は1回薬剤を投与すると、局所麻酔薬の効果が切れるまで効果が得られますが、追加投与ができません。そのため、局所麻酔薬が切れるまでの時間内に終わるような手術しか適応にはなりません。
使う局所麻酔薬にもよりますが、だいたい2時間以内というのが目安になります。
では、脊髄くも膜下麻酔はどのような手術の時に行うのでしょうか。
腰椎や下半身の手術
まずよく使用されるのが下半身の手術です。下腿の骨折やアキレス腱の断裂などの手術は良い適応になります。だいたいの手術が1時間程度で終わりますし、片側だけなので片側に麻酔をかけてコントロールしやすいという利点もあります。
脊髄くも膜下麻酔は腰椎付近の鎮痛も可能ですから、腰椎手術にも使用することはあります。しかし、基本的には手術をする部位の付近に手術前に侵襲を加えると感染症を引き起こす可能性もありますので、現在では腰椎手術に脊髄くも膜下麻酔を使用することはあまりありません。
帝王切開術
帝王切開術は、基本的には脊髄くも膜下麻酔で手術を行います。
帝王切開術の際に全身麻酔を行ってしまうと、麻酔薬が胎児に移行してしまい、生まれたときに胎児に麻酔がかかったまま生まれてきてしまうのです。全身麻酔がかかると呼吸も止まってしまっていますから、すぐに処置をしないと危険な状態になってしまいます。
また、赤ちゃんが生まれたときのことを母親が覚えているか覚えていないかは、その後の母性の発達に影響を与えると考えられています。赤ちゃんが出てくるその瞬間に母親が起きていられるので、帝王切開には脊髄くも膜下麻酔が向いているといえます。
婦人科・泌尿器科の手術
最近では少なくなりましたが、帝王切開以外の下腹部の手術の場合に脊髄くも膜下麻酔を使用する場合もあります。
ただし、脊髄くも膜下麻酔は時間が経つと切れてしまいますから、手術が長引くと全身麻酔に移行しなければならないため、最初から全身麻酔を行うことが多くなっています。
現在では、泌尿器科の経尿道的手術などで使用される程度といったところです。
安静、体位の意味は?術後の過ごし方について
脊髄くも膜下麻酔を行った後は、麻酔が切れるまで仰向けで安静にするように言われます。
これは、先ほど説明した通り麻酔薬が体位によってさまざまに広がっていくということに関わっています。局所麻酔薬がくも膜下腔にまだ残っている状態でうつ伏せになってしまうと、思ったより高い範囲にまで麻酔が広がってしまうことがあり、危険です。
横向きになった場合も脊髄の彎曲によって抑えられていた上の方への広がりが起こってしまうことがあるため、横向きもよくありません。
また、脊髄くも膜下麻酔を行うと血圧が下がってしまいます。すると、急に立ち上がると脳への血流が低下し、一過性に失神をしてしまうことがあります。そのため、術後初めて立ち上がるのは麻酔が完全に切れてから、監視の下に行うことになります。
副作用や合併症について
最後に脊髄くも膜下麻酔の副作用や合併症について簡単に触れましょう。
針を刺すことによる合併症としては、神経を損傷してしまうことでしびれが残ってしまう場合があります。ただし、これは非常に稀なことです。針が神経に当たるとビリッとしたしびれの感覚がおこることがありますが、触れるだけでビリッとした症状が起こり、それ以上針を進めて神経を損傷しない限りしびれが残ることはありません。
また、脊髄くも膜下麻酔を行うと、運動神経と感覚神経をブロックするだけではなく、交感神経もブロックしてしまいます。交感神経は、脊髄から出ていて、全身の血圧などをコントロールする役割を担っており、交感神経がブロックされることで血圧が下がってしまうのです。
そのため、脊髄くも膜下麻酔を行った場合には頻回に血圧を測定し、血圧が下がっていないか注意深く監視します。もし血圧が下がった場合は輸液をしたり、血圧を上げる薬を使ったりしてコントロールします。
このように、血圧の変化が激烈に起こりますから、血圧の変化が体に悪影響を与えるような心臓病を持っている場合などには、脊髄くも膜下麻酔は行わないことが普通です。脊髄くも膜下麻酔を行うと、局所麻酔薬の効果が切れるまで麻酔がかかったままになってしまうので、高度な血圧低下が起こると心臓に悪影響を及ぼし、最悪の場合心停止してしまう場合があるのです。そのため、このような場合には全身麻酔の方が安全となります。
手術の種類、患者さんの元々の状態、現在の環境などさまざまな状態を考慮して、麻酔科医は麻酔方法を選択しています。麻酔に関する疑問点があるときは、麻酔科医に相談してみるとよいでしょう。