胃腸の弱い人や慢性的な下痢症状に処方される啓脾湯(けいひとう)

漢方事典

啓脾湯(けいひとう)は、中国の明時代の「万病回春」という医学書にも収載されている漢方薬です。体力が低下し、痩せて顔色も悪く、食欲が失せている人の消化不良、慢性的な下痢などの症状に処方されます。

啓脾湯を構成する9つの生薬

啓脾湯は、消化不良を緩和したり発汗作用のある蒼朮(そうじゅつ)、水の巡りを良くして食欲不振、倦怠感を和らげる茯苓(ぶくりょう)を中心に、山薬(さんやく)、人参(にんじん)、沢瀉(たくしゃ)、陳皮(ちんぴ)、甘草(かんぞう)、蓮肉(れんにく)、山査子(さんざし)という9つの生薬で構成されています。

啓脾湯と六君子湯の違い

啓脾湯に似ている漢方薬に六君子湯(りっくんしとう)があります。胃腸の不調によく用いられる漢方薬で、「虚証(きょしょう)」体質の人に適しています。啓脾湯は、六君子湯から半夏を引き、山薬、沢瀉、蓮肉、山査子を付け足したものと考えると分かりやすいでしょう。

胃腸の不調や下痢などの症状に用いられる啓脾湯

啓脾湯は消化器の調子を整え、無駄な水分を排出し、下痢を抑える生薬が多く入っていることが特徴的です。水分停滞、冷え、虚弱などの体質に適しています。例えば陳皮は腹部の張りを改善し症状を和らげてくれます。

小児用や高齢者向けの漢方薬としても

先述の医学書「万病回春」には、啓脾湯は「小児啓脾丸」という名前で紹介されています。字面から分かる通り、本来は子ども向けの方剤です。また、神経質な胃腸症状にも適用となることが多く、慢性的な下痢にも向いていることから、高齢者向けの漢方薬としても期待されています。

啓脾湯の気になる飲み合わせ・副作用は?

甘草を含んでいる他の漢方薬と一緒に飲む場合は、偽アルドステロン症に気をつける必要があります。むくみや体重の増加のほか、血圧の上昇、低カリウム血症などの症状が出る場合があります。

また、低カリウム血症によるミオパチー(筋疾患)が現れる場合があります。脱力や四肢の痙攣症状などがみられる場合は、速やかに医師の診察を受けましょう。

処方のポイント

消化器を補強する四君子湯を中心に、消化力を補助する山查子、陳皮、山薬と下痢に有効な蓮肉、沢瀉で構成されます。
消化器系がもともと弱い人の下痢などに適応します。
酸味のある甘味で、温服が効果的です。

啓脾湯が適応となる病名・病態

保険適応病名・病態

効能または効果

痩せ型で、顔色が悪く、食欲がなく、下痢の傾向があるものの次の諸症:胃腸虚弱、慢性胃腸炎、消化不良、下痢。

漢方的適応病態

脾胃気虚の下痢。すなわち、軟便、水様便あるいは不消化下痢の明らかなもの。

啓脾湯の組成や効能について

組成

人参3 白朮3 茯苓3 山薬3 蓮子肉3 山楂子1.5 陳皮1.5 沢瀉1.5 炙甘草1.5

効能

健脾益胃・消食止瀉

主治

脾胃虚弱・食積下痢

◎消食止瀉:停滞している食物を消化し、下痢を止める治法です。

解説

啓脾湯は小児の泄瀉に用いる処方です。
脾胃の虚弱を補いながら、食べ過ぎによる胃のもたれと下痢の症状を改善する効能があります。

適応症状

◇食欲不振

脾胃の虚弱による運化機能の減退を示す症状です。

◇顔面萎黄

顔色につやがないことをいい、脾胃の虚弱により気血の生成が不足していることを示唆します。

◇悪心・嘔吐

胃の降濁機能が失調し、胃気が上逆すると悪心嘔吐が出現します。
食物が停滞すると諸症状が悪化します。

◇腹脹・腹痛

食物の停滞が気の巡りを阻害し、「不通則痛」で腹脹や腹痛が現れます。

◇下痢

湿濁の停滞と脾の昇清機能失調によって下痢が現われます。

◇舌淡

脾胃の気虚を示す舌象です。

◇苔膩

食物の停滞により、汚れた膩苔がみられます。

◇脈細弱

脾胃の気虚を示す脈象です。

啓脾湯は健脾薬を中心に組成されています。
人参は健脾益気の作用を有し、啓脾湯の主薬です。
山薬と蓮子肉は渋味があり、収斂作用によって慢性の下痢を止めます。
白朮と茯苓は中焦の水湿を取り除き、嘔吐下痢などの症状を緩和させ、山楂子は消化薬で主に肉食の消化を助け、食積による腹脹、腹痛に効果があります。
陳皮は理気作用をもち、腹脹の治療に役立ちます。
また芳香性が強く、山楂子と協調して食欲を増進効果があります。
沢瀉は利水薬で体内の水湿を尿にかえて排泄し、下痢の症状を緩和できます。
清熱作用を兼ねているので、食積による熱を計ることもできるでしょう。

臨床応用

◇脾胃虚弱証

虚弱な脾胃を穏やかに補うことができます。
慢性胃腸炎や慢性の下痢などに広く使用され、病後の体力回復にも用いられます。

◇食欲不振

啓脾湯には、消導薬が配合されているので、脾胃虚弱による食欲不振の改善に用います。
術後や病後の食欲回復の調節にも効能があります。

◇下痢

健脾渗湿の白朮、茯苓、蓮子肉、山薬が配合されているので、脾虚湿盛の下痢に適します。
健脾薬と消導薬の配合があるので、疲労感食欲不振をともなうときに使いやすいででしょう。

◇疳積

「疳積」は虚弱な小児によくみられる病証です。
顔色が黄色い、瘦せ、腹部の膨張手の指をしゃぶる、異食を好む、下痢などの症状がみられるときには本方を優先して使用します。

啓脾湯には消食作用のある山楂子が配合されているので「疳積」に限らず一般的な消化不良にも用いられます。

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