大人の発達障害を考える…引きこもり・睡眠・脳腸相関・グレーゾーン【Doctors’ Columns #03-3│河野和彦】
最近、発達障害の話題がマスメデイアに多く流れるようになりました。あなたの周辺でも、そういう話題になることはありませんか。間違った知識で偏見が生まれてもいけないし、思い切って医者を訪ねることでバラ色の気分になれることもあります。ぜひ、ご一読ください。
3回目(最終回)の今回は、大人の発達障害についてさまざまな角度からお話します。
ひきこもりと大人の発達障害
認知症と言うのは、原則「要介護」状態ですから、介護家族が健康でいてくれないと在宅生活は維持できません。私が発達障害に目覚めたきっかけは、自宅で認知症の親を介護している独身の息子の話でした。彼は、なぜ仕事をしないで引きこもっているのか。引きこもりの方は、仕事で忙しい兄弟から見れば無職の若手は、「介護担当」うってつけと言うことになります。ものの道理で言えば、そうなるのですが。
もし、介護者が1人っ子なら「8050問題」といって、80歳の親の年金を当てにして共棲している50歳の子どもということになります。最近は、性差を語ることはご法度ですが、ごめんなさい。男性が多いと思います。彼は、なぜ会社を辞めたの?なぜ引きこもってしまったの?そして、なぜそんなに優しいの?疑問が次々に沸き起こります。
そんなケースがどんどん増えてきて、私は1つのパターンを把握しました。彼らの性格は、他人とのコミュニケーションが不得意で、妙な正義感が強いために福祉に助けを求めない、整理整頓が苦手でごみ屋敷になってしまう。これらはまさに発達障害の症状ではないですか。
多くの発達障害の本を読み漁り、自分自身も親戚にも発達障害らしき人が多いなと気づき、いっそう発達障害の理解に役立ちました。ただし、親戚で精神科にかかっている者はいません。だから「隠れ発達障害」なのです。
西洋医学には、「診断基準」という「バイブル」があって、それで患者さんを「裁く」のが「科学的」とされるのですが、生身の人間です。そんなに白黒つかない方も大勢いるわけですね。だから「グレーゾーン」という一般書があるではないですか。
こうして、介護者の中に「隠れ発達障害」がいないかチェックして生活の助言、福祉の利用を進言、介護者本人の治療をも始めるようになったのです。おそらく、私が著した発達障害も大幅に取り入れた認知症の医学書(2)は当時稀有だったと思います。
だから発達障害の知識は、認知症の診療でも役立ちます。ごみ屋敷になる認知症は、ふつう前頭側頭型認知症なのですが、高齢者タウオパチーというふつうは問題行動をおこさない認知症で、実はベースに発達障害(ADHD)があって、そのための症状だと理解できるのです。認知症専門だった私が発達障害を知ることで、どれだけ診療の視界が広がったかわかっていただけると思います。
発達障害の推論
例えば、老いた母親が認知症で通院しています。いつもついてくるのは長男さんで、彼は独身なので奥様に通院サポートをしていただくこともできず、土曜なら会社が休みだからつれてこられます、とのこと。いい息子さんだなと感心していました。
そんなある日、顔面内出血の状態で母親が臨時受診となりました。激しく転びましたね、と私が言うと、「弟が殴ったのだと思います」と意外な答えが。
いつも母親を介護していたのは、その次男さんで、想像するに彼は発達障害のためひきこもりで職を失っていたため、何度言い聞かせても徘徊し危険行為をする母親をつい殴ったのでしょう。頭部CTを確認すると、外傷性くも膜下出血でした。その後、精神科入院へ緊急入院としました。
私が次男さんに発達障害を疑ったのは、発達障害の遺伝性からの推論です。母親は国立大学を出た小学校教諭でした。若い頃はスパルタ教育を2人の息子にしました。話を聞くと、この母親と次男がASDなのですね。相手にきつく、自分は傷つきやすい。次男は母親に報復したのかもしれません。
何度も言いますが、この次男さんがASDだと「正式に」発達障害だと診断される必要はありません。しかし抗精神病薬少量で彼も母親も楽になります。長男さんに「弟さんはアスペルガー気質ではないですかね、お母さんも」というと「まったくそのとおりです」と答えました。
いびきと発達障害
夜間無呼吸症候群は、いびきで気づかれますが、いびきのない患者もいて、もし朝に頭痛があるなら、それは夜中の低酸素だと気づいていただき、睡眠外来に行くといいと思います。
最近、日中の眠気やだるさでADHDだと診断された方が、実は夜間無呼吸だったとか、ADHDは夜間無呼吸を合併しやすいと言う話があります。
2023年12月に私のクリニックに軽度高気圧酸素ルームを導入しましたが、高気圧高濃度酸素は、夜間無呼吸の脳、発達障害の脳、アルツハイマー型認知症の脳にもよいというデータがいくらかあるようです。
2023年にNHK Eテレ、サイエンスゼロでアルツハイマー型認知症の最新科学が放映されましたが、アルツハイマー脳の毛細血管は3割がゴースト化しており脳の酸欠状態であることがわかりました。それをみて認知症専門の私は高気圧なら血管のない組織にまで溶存酸素がいきわたることを期待して酸素ルームを発注しました。
また、驚くべきことに精神病の大脳の小血管内腔にもフィブリンが蓄積していて酸素運搬に支障が出ている可能性があるのだそうです。ですから精神病予備軍ともいえる発達障害脳にも高気圧高濃度酸素は奏功するはずです。
合わせ技の理解
発達障害専門医の渥美正彦先生がYouTubeで紹介されていますが、夜間無呼吸症候群の小児のADHD症状(多動や注意欠如)は、扁桃腺(アデノイド)切除後に消えてゆくと言う話があります。それも2週間後より半年後、さらに減ってゆくのですね。
いびきや朝の頭痛がある方は、百田昌史先生の本(3)で睡眠時無呼吸の知識をぜひ入れてほしいです。突然死、発達障害様症状の原因が夜間無呼吸だというあらたな大事な知識です。
彼らの脳はまったくの定型発育ではなかったにしても、脳の低酸素がおきなければ、社会的に支障が出ない程度だったと思うのです。こういった、少しの素因と少しの環境因子が重なって精神科に行かなければならなくなる状態は、「合わせ技」なのです。隠れ発達障害ですよね。
遺伝だから仕方がないとあきらめずに、何か生活の改善で良くなる部分もあるという知識を得て、認知症介護者も発達障害の方々も工夫して行ってほしいと思います。
脳腸相関
友人の医師に藤川徳美先生(精神科、広島県)がおられます。「うつ消しごはん」(4)がベストセラーになりましたが、食事で精神病は完治するという画期的な栄養学の専門家になられました。彼の衝撃的なコメントをその著書の中で見つけたのですが「医者に治してもらおうと思っている患者は絶対に治らない」というのです。日々の食事に気をつけようということです。
脳腸相関という大事な事実を学んでほしいですね。隠れ発達障害の方で腹痛、下痢、便秘になりやすいなら、腸内細菌が乱れていて悪玉菌の代謝産物が迷走神経などを介して大脳に影響しているため、小麦を減らし、タンパクを増やして腸を整えることが、精神症状治療の最初になりはずなのです。
とくにASDの子どもは多くが下痢であるといわれます。心当たりのある方は、善玉菌を増やす食事に心がけて「精神病」に進展しないように努めましょう。
グレーゾーンのほうが苦悩
「発達障害グレーゾーン」(5)を著した姫野桂先生は、発達障害はグラデーション状の障害であるため、ここから先が発達障害でここまでが健常者(定型発育)という、はっきりした線引きがないことを知っておいてほしい、と述べています。
そして発達障害の人は、幼少時から叱られ続けて自己肯定感が低くなりやすく、不安で会社に行けなくなる「適応障害」、また「非定型うつ病」などと診断されることがあります。これは二次障害ともいえることで、発達障害そのものより二次障害の方がつらいといいます。
しかし抗うつ薬が効かない人にADHD治療薬を試すと、すごく元気になるケースがあることを考えると、精神病と言われた人の多くは「隠れ発達障害」なのだろうと思うようになりました。
最後に
最近は、医学生が「エビデンス医学」といって、科学的に治療しなさい、論文になっていない治療は科学ではないという教え方をしているようです。しかし認知症を上手に改善するという評判の大学病院をあまり知りません。
私は、高校の時から理数系が不得意で苦労しました。しかし自分には認知症や精神病がよくわかると思えるのは、彼らは実に「文学的」な存在であって、白でも黒でもないのですね。ピンクやグレーですよ。そんなパステルカラーは医学書には載っていない。
私は、隠れ発達障害の方に、「あなたはアスペルガー症候群だ」なんて言ったことはありません。アスペルガーっぽいね、とかアスペルガー気質だから介護抵抗するんだね、薬でよくなります、などと説明しています。
あなたが毎日苦しくて、ネット検索で自分は発達障害にあてはまると思って、勇気をもって精神科に行ったとします。しかし3軒とも、「仕事しているのなら発達障害じゃないですよ」なんて言われる。エビデンス主義の先生方なのでしょうね。きっとまじめな先生です。
しかし私は「苦しんでいる、いまのあなたは発達障害系ですよ、薬が効くかどうか試してみる価値はありますね。一生飲むわけではないから」と言うでしょう。
(2)河野和彦:コウノメソッドでみるMCI 軽度認知障害。日本医事新報社、2019.
(3)百田昌史:歯科医だからわかった睡眠呼吸障害の治し方。現代書林、2022.
(4)藤川徳美:うつ消しごはん。方丈社、2018.
(5)姫野桂 :発達障害グレーゾーン。扶桑社新書287、2019.